1. 撥弦(はつげん)楽器

 弦楽器群(第一ヴァイオリン~コントラバス)が弓を使わずに指で弦をはじいて音を出す奏法をピッチカートといいますが、私にはこれは「弦楽器の奏法の一つ」ではなくて独自の音色を持った新しい一つの楽器群であるように感じられます。ですので、この節で独立して扱うことにしましょう。ハープも弦をはじいて音を出す楽器ですので、一緒に考えます。

注:撥弦楽器には、ギター、zither、balalaika、domra(英訳者注:バラライカに似ているロシアの楽器で、ロシア以外で使われるほうが多い楽器)やマンドリンのようにピックではじく楽器なども含まれます。これらもオーケストラで使われ得ますが、本書では扱いません。

1-1 ピッチカート

 ffからppまで演奏できますが、それによる音量の変化は小さく、音色の変化がメインとなります。開放弦ではよく響き重たい音に、それ以外ではより短くぼんやりした音(ただし高音ポジションでは乾いた硬質な音)になります。

 ピッチカートが可能な音域は音域表Dの通りです。

 オーケストラでは、ピッチカートは単音でも和音でも用いられます。ピッチカートをするときの右手の動きは、弓で演奏するとき(arco)よりもはるかに遅くなります。ですので、ピッチカートではarcoに現れるような速いパッセージを演奏できません。さらに、ピッチカートできるスピードは弦の太さによって変わってきます。例えばコントラバスでは、ヴァイオリンのピッチカートよりもかなり遅くなります。

黒玉表記の音は響きがなく硬くてドライな音なので、基本的には木管で重ねている時のみ使えると考えておきましょう。

 開放弦は他よりも輝かしい音がしますので、和音を鳴らすときに開放弦とそうでないものを混ぜるのは避けたほうが良いです。全弦を使った四和音は、間違って他の弦に触れてしまうことを心配せずにすむため、より自由で生き生きとしたアタックを作り出せます。ピッチカートによる自然ハーモニクスは魅力的な音で、音は弱々しいものの、特にチェロで良い効果を生むはずです。

1-2 ハープ

 ハープはほとんどのオーケストラに登場する楽器です。スコアの大部分はハープ1パートを想定していますが、最近では2パートや3パートのために書く作曲家もいますし、時には2台とか3台のハープで1声部を奏でる事もあります。

注:大編成の場合には、他に負けないために3台とか4台のハープが必要です。私のオペラ「Sadko」「The legend of the Invisible City of Kitesh」「The Golden Cockerel」では2台、「Mlada」では3台のハープを用いています。

 ハープ特有の役割は、和音を演奏することと、その移り変わりによって華麗さを演出することです。技術的な注意としては、最大でも片手あたり4音しか同時に演奏できないことや、それらが互いに近い高さになければならないことが挙げられます。両手があまり離れすぎないようにも注意しましょう。和音は常にバラして演奏される(arpeggiato)ので、non arpeggiatoを望む場合にはそれを明記する必要があります。中音域以下では弦の共鳴が少し長くなり、ゆっくりと静まっていきます。和音が移り変わるときには奏者は手を使って弦の振動を止めますが、素早く移り変わっていく場合には上手くいかないので、和音が互いにぶつかってしまいます。そのため、ある程度素早い音型というのは、高音域(低音域よりも持続時間が短く、硬質な音)でのみきちんと明瞭に聴こえるということになります。

 ハープの全音域は次の通りですが、基本的にはこのうち第一から第四オクターブまでの音を用います。両端の音域の音は、特殊な状況でなければ、使うとしてもオクターブ重複のために用いることになるでしょう。

 ハープは本質的には全音階楽器で、半音階を出すためには出したい音に応じたペダルの操作が必要となります。従ってハープは素早い転調にはついていけませんので、オーケストレーターはこのことを気に留めておかなければなりません。ただし、必要なら2台のハープを交互に使うという手もあります(英訳者注:フランスで発明されたクロマチック(半音階)ハープなら突然の転調にもほとんど対応できます)。

注:ハープはダブルシャープとかダブルフラットにも適さないということを追記しておきます。このため、ある種の転調は異名同音的にしかなされません。例えば、変ハ長調、変ト長調、変ニ長調に合わせられた状態でそれらの短下属和音やその構成音をそのまま鳴らすことはできません。ですので、あらかじめ異名同音的にロ長調、嬰へ長調、嬰ト長調に合わせておかなければなりません。ダブルシャープの場合も同様に、嬰イ短調、嬰ニ短調、嬰ト短調から長属和音やその構成音を鳴らすことはできません。この場合は、あらかじめ変ロ短調、変ホ短調、変イ短調に合わせておく必要があります。

 グリッサンド(glissando)という技術はハープに特有のものです。ハープというのは二段階に調節できるペダルの操作によって音階をかえることのできる楽器ですが、これについては読者の皆さんは十分精通していると思います。ですのでここでは、何も考えずに中音域でグリッサンドすると耳障りな音の塊を作ってしまう、ということだけ注意しておこうと思います。これは弦の振動の持続時間が長いことによるものですが、とにかくそのために、効果音としてではなく純粋に音楽的なグリッサンドを鳴らすためには、グリッサンドは高い方のオクターブかつ相当の弱音である必要があります。これならハープの音は十分にクリアですし、それでいて音も無駄に長く持続しませんので、上記の問題は生じません。低音から中音を含むフォルテでのグリッサンドのスケールは単なる装飾としてのみ使用可能です。実際には単なる音階ではなくセブンスとかナインスのコードでグリッサンド(異名同音的に得る)をする方がはるかに多く、この場合は(音が調和しているが故に)上記の制限が関係なくなるので、あらゆる強弱指定が可能になります。ハーモニクスによる和音は近くにある3和音のみ演奏することができて、うち2つを左手、残り1つを右手で奏することになります。

 ハープの柔らかでロマンティックな音色はどんなダイナミクスでも得られるものですが、決してパワフルな楽器ではありませんので、オーケストレーターはこれを大事に扱わなければなりません。

 大編成のオーケストラがforteで演奏している中でハープの音を聴かせたいのであれば、最低でも3台、できれば4台のハープがユニゾンになっている必要があります。ただしグリッサンドの場合、それが急速になればなるほど音も大きくなります。ハープのハーモニクスは非常に魅力的ですが音量は小さく、また極めて優しく演奏しなければ出すことができません。大雑把にまとめてしまえば、ハープは弦楽器群(ヴァイオリン~コントラバス)のpizzicatoと同じように、音量表現よりも音色表現の楽器であると言えます。

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