COMMENT: RK自身が前書きにて非常にうまくまとめている通り、オーケストレーションとは作曲の一部であって、音色についても後付けで考えるものではありません。
同じ音楽を様々にオーケストレーションする
曲中の一瞬あるいはある程度の長さを持ったフレーズについて考えた時、フレーズによってはただ一つのオーケストレーションしかあり得ないというような場合もあるでしょう。例えば、ちょっとしたフローリッシュやファンファーレがトレモロの伴奏に乗せられている場合です。和声は変化を伴っても伴わなくても構いません。この場合、どんなオーケストレーターでもトレモロを弦楽器に、ファンファーレをトランペットに任せるはずで、これが逆になることは決してありません。しかし、ここまでは当然だとしても、そこで考えるのをやめてしまうわけにはいかないのです。ファンファーレ(フローリッシュ)はトランペットに適した音域か? 2台か3台のトランペットをユニゾンにするべきか、あるいは他の楽器で重ねるべきか? これらはどれも曲の音楽性にマッチしているのか? このような問いに答えていくのが本章の目的です。
さて、まずこのファンファーレがトランペットには低すぎる場合には、ホルンかトロンボーンに任せる(つまり音色がトランペットに似ている楽器に任せる)のが得策です。一方、トランペットには高すぎる場合、オーボエとクラリネットのユニゾンを使うのが良いでしょう。この組み合わせは、音色の面でもパワーの面でもトランペットに近いものになります。トランペットを1台にするか複数台にするかというのは、このパッセージにどのくらいのパワーを与えたいかによって決まってきます。力強く堂々とした音が欲しいのであれば、2台から4台まで重ねてしまって良いでしょう。逆にそれほど大きい音がいらない場合はトランペット1台を使うか、木管楽器(1 Ob. + 1 Cl.)に割り振りましょう。
COMMENT: ただし、音の力強さとは奏者の数に正比例するものではないことに注意しましょう。例えば16人のヴァイオリンセクションがソロヴァイオリンの16倍の音量を出せるわけではありません。音響心理学によれば、基本的にはユニゾンで音を重くするよりも一オクターブ上で軽い重複を入れたほうが力強く聴こえるようです。重いユニゾン重複では、特に同じ楽器で重複した場合に顕著ですが、音が厚くなったようには聴こえるもののそれほど大きくなったようには感じません。
次に伴奏についてですが、弦楽器群のトレモロを木管楽器の持続音でサポートするべきかどうかはそのフレーズの意図する雰囲気によって変わってきます。作曲家自身がオーケストレーションまで手掛ける場合には元々何かの意図があってそのフレーズを書いているはずですが、誰かの曲をアレンジする場合にはフレーズの意図を推測しながらアレンジを進めることになります。和声とメロディに顕著な差を付けたい場合は、木管の和声を加えるのではなく、音量記号(pp, p, f, ff)を楽器ごとにそれぞれ丁寧に割り振ることでバランスをとるのが望ましいです。一方、和声骨格を充実させることを重視し、メロディの輝きにはそれほど重きを置かない場合、和声を木管でサポートするのが良いでしょう。木管楽器で和声を書くかどうか迷った場合には、「和声とメロディは音の強さや厚みだけでなく音色の面でも差別化する必要がある」、という原則を覚えておくとよいでしょう。つまり、ファンファーレが金管(トランペットまたはホルン)で演奏されている場合には、和声を木管に任せるのが良いですし、一方、ファンファーレが木管(オーボエとクラリネット)に割り当てられているのであれば、和声の方をホルンに任せるのが良いはずです。
COMMENT: 本文にある通り、いくつもの楽器群を同時に使う場合に最も一般的なのは、メロディと和声で異なる楽器群を使うことでしょう。これは、そのほうが音色の違いによってメロディを目立たせやすいためです。複数の楽器群のそれぞれがメロディと和声の両方を演奏するようなアレンジでは、メインメロディを目立たせるようなバランス取りが難しくなってしまいます。
さて、ここまで一つのファンファーレに対して色々なアレンジ例を取り上げてきましたが、結局これらの選択肢から最適なオーケストレーションを選ぶためには、作曲家はそれぞれのフレーズの意図を明確にしていなければなりませんし、アレンジャーも作曲家の意図を熟知していなければなりません。しかしここで問題が一つ。そう。「各フレーズにどんな意図を持たせれば良いのか」。これはより難しい問題です。
作曲家があるフレーズに求める意図というのは、曲そのものの方向性、ある一瞬あるいはフレーズごとに求める美しさ、また曲全体の構成の中におけるフレーズの位置づけというものと密接に関係しているものです。どんなオーケストレーションを施すかというのは、前後のパッセージとの繋がりを加味して考えなければなりません。あるパッセージが前後のフレーズを補うものなのか、逆に対照的なものなのか、またこのフレーズは曲のクライマックスなのか単に流れの一部に過ぎないのか、ということをきちんと意識しましょう。
COMMENT: これは特に重要なポイントです。あるパッセージにそれ自体では完璧なオーケストレーションを施したのに、それが現れる場所によっては不自然に聴こえてしまうということがあるのです。C. ケクランはこの問題を「流れのバランス(successive balance)」と呼んでおり、ある一部分で同時に鳴っている音のバランス(普通はこちらについて議論される)とは区別しています。古典的な例としては、ある楽器のソロが待ち構えている場合に、その直前のパッセージではその楽器を使わないようにするというのが流れのバランスを整えるテクニックになります。「良い対比こそが音楽に新鮮な風を吹き込む」というのは最も明快な基本原理であって、だからこそ各楽器の音色そのものはなんら目新しくない現代においてさえ、一つの楽器が強い音楽効果を発揮するのです。
本書では、これらの関係性について全てを網羅して説明することや各パッセージの役割を細かく考察することはできません。ですので、ここで与えられる作例そのものに必要以上にこだわるのはやめましょう。そうではなく、それぞれの作例が全体のなかでどんな関係を成しているかについて研究してみるのが良いはずです。とはいえ、本書でも多少はこれらの点に触れようと思います。まず初めに、若く経験の少ない作曲家の場合、自分の意図を必ずしも明確に把握できているとは限らないでしょう。これについては、全集中力を傾けて良い総譜を読み、そして繰り返し演奏を聴くことで改善されていくはずです。奇抜で斬新なオーケストレーションを模索する場合でさえ、単なる気まぐれで書くのではありません。奇抜なことを試みるのだとしても、禁則は守るべきです。
COMMENT: これはもう完全に正しいです。最初のステップは音楽のキャラクターと欲しいダイナミクスを明確にすることでしょう。ちなみに、もしこのダイナミクスの問いに対する答えが”mf”等の場合、アイディア自体が曖昧なことが多いです。「大きい」「柔らかい」というような言葉で考えるようにしましょう。
曲中に現れるモチーフの中でも特にシンプルなのは、メロディをユニゾンやオクターブで演奏したり、いくつものオクターブで同じメロディを繰り返したり、あるいはどの声部もメロディを弾くことなく和音を鳴らす、というようなものですが、このようなシンプルなフレーズは色々な方向性にアレンジすることが可能です。音域やダイナミクス、また音色や表現の質感なども望む通りにアレンジできます。多くの場合、同じパッセージが繰り返されるたびにオーケストレーションも変化していくことでしょう。ここから先はより複雑なケースを扱っていくわけですが、以上の基本に立ち返ることも多くなると思います。
例
*Snegourotchka, 58, 65, 68の前: ユニゾンによる持続音
和声とメロディが絡み合っていたりポリフォニックだったりといった複雑な楽想の場合は、単純なモチーフの場合ほどの多くの選択肢はなくなってしまいます。時には2つから選ぶしかない場合もあるでしょう。これは、曲の主要要素であるメロディ、和声、対旋律にそれぞれ何か満たすべき要求があって、それによって使える楽器や音色が決まってしまうからです。本当に複雑な場合には、オーケストレーションの可能性が(ごく些末な違いを除いて)一通りしかあり得なくなることもあります。次の例は非常にシンプルな構造のもので、実際の曲例だけでなく、別のアレンジの例も示しました。
COMMENT: 和声の場合と同じく、音楽的なアイディアが複雑になればなるほど、アレンジの可能性は狭まっていきます。
例
No. 175. Vera Scheloga, 35の前: a) 実際の曲, b) 編曲例.
No. 175の例において、編曲例として示したbが良い響きになることは明らかです。しかしこの上さらに別のアレンジを考えようとしてもこれほど良いものはできないでしょうし、考えたところで馬鹿げたアレンジに行き着くはずです。例えばもし和音が金管で奏でられていたとすると、パッセージ全体が重たくなります。これではソプラノの低音域から中音域におけるレチタティーヴォはかき消されてしまうでしょう。あるいはpizz,になっているバスのF#を(チェロもコントラバスも)arcoにしてしまえば響きが悪くなりますし、これをファゴットに任せればコミカルな音になってしまいます。それならばとこのバスを金管に任せればザラついた音になってしまうでしょう。
同じフレーズを色々にアレンジすることの目的は、響きや音色を多様なものにすることにあります。この目的のために、それぞれのフレーズに対して楽器の自然な音域順から外れてみたり、声部を重複してみたり、これらを同時に使ってみたり、といったことも試みるかもしれません。ただし、楽器の音域順を破るという手法はいつも良い結果を生むとは限りません。前章までで、各楽器や各セクションの特徴については説明してきたつもりです。また重複についてもこれまで説明してきたように、良い結果が得られる組み合わせというのは限られており、音質があまりにも違う楽器同士は組み合わせられません。従って結局大体のオーケストレーションにおいては、第三章までで述べてきた基本原則に従うことになるでしょう。 これには、
a) 一部あるいは全体をオクターブずらす(2オクターブ以上ずらすのも可)
b) 異なる調性で繰り返す
c) 上下のオクターブにも音を重ねて音域を全オーケストラの分まで広げる
d) フレーズ自体を少し変化させる(もっともよく使われる方法)
e) ダイナミクスを変える(フォルテで奏したパッセージをピアノで繰り返す、等)
といった方法が使われます。
これらの手法を色々使っていけば、オーケストラの色彩感は間違いなく多様になることでしょう。
COMMENT: もう一つ、時折使えるテクニックを書いておきましょう。それはメロディと和声の逆転です。前は和声を演奏していた楽器群をメロディに、メロディを演奏していた楽器群で和声を演奏するのです。ただしこれはどんな場合にも使えるテクニックではありません。というのは、音を入れ替えても各楽器群の自然な音量バランス(例えば金管全体は間違いなく同じ音域の木管全体より音が大きい、など)が崩れない場合にしか使えません。
例
No. 176, 177. Russian Easter Fete, AとC.
Christmas Eve, 158と179.
No. 178-181. The Tsar’s Bride, 序曲, 冒頭, 1, 2, 7.
Sadko, 99-101と305-307.
No. 182-186. Tsar Saltan, 14, 17, 26, 28, 34.
No. 187-189. Tsar Saltan, 181, 246, 220.
*No. 190-191. Ivan the Terrible, 序曲, 5と12.
Spanish Capriccio. 第一楽章と第三楽章を比較せよ
*No. 192-195. Scheherazade, 第一楽章, allegroの冒頭, A, E, M. (192, 193, 194, 195)
Scheherazade, 第三楽章, Aの冒頭, I .
Scheherazade, 第三楽章, E, G, O.
*No. 196-198. Legend of Kitesh, 55, 56, 62.
*No. 199-201. Legend of Kitesh, 68, 70, 84. (No. 213, 214のLegend of Kitesh 294と312も参照のこと).
No. 202-203. The Golden Cockerel, 229, 233.
同じあるいは似通った楽想を色々にアレンジするというのは、それ自体が多くの技法(crescendo, diminuendo, 音色の交換、色彩感の変化等)の使用を促してくれるものです。また、オーケストレーションの基本というものを違った視点から理解するというようなことにもつながっています。