音域についての原則

 オーケストラ全体が高音域(第5及び第6オクターブ)に固まっていることはほとんどなく、また低音域(第1オクターブ以下)に固まっていることはそれに輪をかけて稀です。これは、低音域でまとまると音同士の間隔が近すぎ、自然倍音列から類推される間隔と全く異なってしまうためです。高音域にまとめる場合には高音域のヴァイオリン(soli又はdivisi)にフルートとピッコロを重ねるのが普通で、輝かしい音色を得ることができます。一方、低音域にまとめる場合には、コントラファゴット、ファゴットの低音域、バスクラリネット、ホルン、トロンボーン、チューバを使うことになります。この場合、暗く陰鬱な音が得られます。いうまでもなく、高音域と低音域でこれらの楽器の組み合わせを逆にする等ということは根本的に不可能です。

COMMENT: オーケストラの中音域は、おおよそ人間が聞き取りやすい普通の音域になっています。最高音や最低音は短いパッセージに使う場合のみ効果的になるもので、使い続けると耳を疲れさせてしまいます。しかし、これらを適切に使うことができれば、それが対比のためであれクライマックスに参加するものであれ、全体のサウンドを劇的に変化させることができます。また、同時に広い音域を鳴らす場合というのは、合わせて音量も一番大きくなることが多いものです。

低音域
Pan Voyevoda, 122, 137.

Servilia, 168, 8小節目. (No. 62も参照のこと)

No. 232. The Golden Cockerel, 220. (218, 219も参照のこと)

高音域
*Snegourotchka, 25の前.

*Legend of Kitesh, 34の前.

*No. 233. The Golden Cockerel, 113, 117.

*No. 234. Scheherazade, 第二楽章, pp. 59-62.


 あるパッセージの高音側と低音側を(中音域を埋めないまま)大きく離すことはほとんど不可能で、これは和音を正しく配置するための基本原則に反しています。しかし、原則に反しているからこそ、これを使って異様な雰囲気を作ることがあります。次の作例のうち最初のもの(No. 235.)は、ハープを伴ったピッコロと煌めくようなグロッケンが、バス(コントラバスまたはチューバ)のおよそ4オクターブも上に置かれています。ただし第三オクターブでフルートが増4度あるいは減5度を鳴らすことによって音域の隙間を埋めています。これにより上下の距離感が薄まり、結果的にある程度まとまりがでています。とはいえ基本的には風変わりな音になります。

COMMENT: このように音間隔を広く取るのは、柔らかいパッセージでのみ効果的になります。音量が大きくなるにつれ、オーケストラが無理をして音を出しているように聴こえてしまいます。

No. 235. Snegourotchka, 255.

*No. 236. Snegourotchka, 315, 5小節目および6小節目.

Snegourotchka, 274. (No. 9も参照のこと)

A Fairy Tale, A.

The Golden Cockerel, 179, 9小節目. (No. 229も参照のこと)

一つのパッセージやフレーズ中における楽器の移り変わり

 一つのフレーズやモチーフの途中でそれを演奏する楽器が移り変わっていくというのは、よく見かけるものです。この時、可能な限り自然につながるように楽器を切り替えるため、前半を鳴らしていた楽器の最後の一音と、後半を鳴らす楽器の最初の一音を重ねるようにします。この手法は、あるパッセージの音域が広くて一種類の楽器では全てを演奏できない場合や、一つのフレーズの途中で音色を変えたい場合に用います。

COMMENT: このような「接ぎ木」のようなアレンジは移り変わりをスムーズにするものであり、対話のような効果を得るものではありません。またテンポが極めて速い場合には、2つ以上の音を重ねる事もあります。

*Snegourotchka, 137: ヴァイオリンによるメロディがフルートとクラリネットに受け渡される (No. 28も参照のこと).

*Snegourotchka, 191の前: ソロVln. →ソロVc.

Pan Voyevoda, 57: トロンボーン→トランペット; ホルン→Ob. + Cl.


 オーケストラの音域全てをカバーするような音域の広いフレーズに対しても同様の手法を使うことができます。つまり、ある楽器が自分の担当部分を弾き終わるところで別の楽器が1つか2つの音だけ重ねてフレーズを受け継ぐ、という方法です。ただし、このように音色を分割する際には、パッセージ全体のバランスを崩さないように注意しなければなりません。

Snegourotchka, 36, 38, 131: 弦楽器群.

The Tsar’s Bride, 190: 木管.

Sadko, 72: 弦. (No. 112も参照のこと)

Sadko, 223: 弦.

Christmas Eve, 180の前: 弦、木管、コーラス (No. 132も参照のこと)

*No. 237. Christmas Eve, 181の前: 弦のパッセージ.

*Servilia, 111: 弦. (No. 88も参照のこと)

Servilia, 29の 5小節目: Ob.→Fl.; Cl.→Bass cl., Fag.

No.238. The Golden Cockerel, 9の前: 木管

*The Golden Cockerel, 5: Fag.→Eng. horn (+ Vc. pizz.)

和音を異なる音色で交互に演奏

1. 最もよく使われる手法は、異なる楽器群に属する楽器を交互に使って和声を構築することです。音域の異なる和音を使う場合でも、各声部の進行には注意を払う必要があります。この場合、一見すると異なる楽器群に移るときに和声の流れが切れてしまうように思えますが、あたかもオクターブ単位の跳躍が無いかのように考えて各声部を正しく進行させる必要があります。特に半音階的なパッセージではこれが重要になります。

COMMENT: 交互に和声を演奏する目的として、次の2つの場合が考えられるでしょう。1つ目は、2つの楽器群による対話のような効果を得たい場合。2つ目は、エコーのような効果を得たい場合です。対話のような効果を得たい場合には、2つの楽器群がある程度同じくらいの力強さ(音色の厚み)でなければなりませんし、エコーの効果が欲しい場合には片方をもう一方より明確に小さな音にしなければなりません。エコーの演出には単に音量記号で音を小さくするだけでは不十分で、適切なダイナミクスが得られるようにオーケストレーションしなければなりません。

No. 239. Ivan the Terrible, 第二幕, 29.

No. 240-241. The Tsar’ s Bride, 123, 142の前.

*No. 242-243. The Tsar’ s Bride, 178, 179.


*編者注:交互に鳴らす和音の音色に極めて大きな対比がついている場合、声部の進行規則を無視することもあり得ます。

*Scheherazade, 8小節目(12小節目の半音階進行も同じ楽器に割り当てられています。このため、冒頭では第二クラリネットが第一クラリネットより高音に置かれています): No. 109も参照のこと.

*Christmas Eve, 冒頭. (No. 106も参照のこと)


2. 同じ和音のまま(あるいは転回して)ある楽器群から別の群に移行するのも非常に良い方法です。この場合、各声部の進行は完璧でなければならず、また音域の跳躍も許されません。または、ある楽器群が和音を短時間打ち鳴らして、別の楽器群で同じ和音を重ねるという方法もあります。この場合は重ねる和音がオクターブ単位でずれていても良く、また2つの楽器群で音量に差があっても構いません。

COMMENT: このテクニックは、短くリズミカルに鳴らす楽器群を大きい音にして、(より音量の小さい)息の長いフレーズにアクセントを付加するために使うことが多いです。やはり、オーケストレーションでダイナミクスをコントロールすることでアクセントを作り出します。

Ivan the Terrible, 序曲冒頭. (No. 85も参照のこと).

No. 244. Snegourotchka, 140.

楽器の追加と削減

 2つの異なる楽器群(*あるいは同じ楽器群でも別の音色の楽器)の響きを重ねると、その重複が持続音に対してであれ和音に対してであれ、音色を(徐々にあるいは突然に)複雑なものへ変化させることができます。このような重複はcrescendoを作るときに使います。初めの楽器群が徐々にcrescendoをしているところに、別の楽器群がpianoかpianissimoで入ってきてより急速にcrescendoをかけるのです。したがってこの操作では音色が変わるだけでなく音量に伴って緊張感が高まることになります。これとは逆の操作、つまりある楽器群を省いていくことで音色を単純なものに戻す操作は、基本的にはdiminuendoのためのアレンジとなります。

COMMENT: この部分にはもう少し補足が必要でしょう。まず、クレッシェンドの「自然な」順番についてですが、弦か木管のどちらか→その残り→金管、の順になります。これは、いくつかの打楽器を除けば金管が最も音の大きい楽器だからです。弦楽器はほとんど聴こえないくらいのppppから音を始めることができますが、木管では必ず聴こえる程度のアクセントが付くことを覚えておきましょう。ティンパニや大太鼓、吊るしたシンバルのような打楽器はあらゆるダイナミクスを演奏可能であり、本当に小さな音からオーケストラ一力強い音まで出すことができます。
 一般的に、ダイナミクスはオーケストレーションそのものによって作り出すべきです。つまり、同時に演奏する楽器数はダイナミクスに応じて変化するものであるということです。また、そのダイナミクスに適した楽器と音域を使うことでバランスをとる方が間違いなく良いでしょう。あえて自然でない楽器やダイナミクスを使う練習を勧められることがありますが、これは初心者にふさわしい練習とは言えません。このような書法は、楽器のあらゆる使い方に精通した後に習得すべきものです。また注意すべきなのは、オーケストラの演奏家は隣の奏者の譜面を知らないのが普通だということです。従って、もし片方にmp、もう片方にmfを指定したとしても、結局彼らは同じくらいの音量になるように演奏しようとすることでしょう。

No. 245. Snegourotchka, 313.

Snegourotchka, 140. (No. 244も参照のこと)

A Fairy Tale, V.

Scheherazade, 第二楽章, D. (No. 74も参照のこと)

*Scheherazade, 第四楽章, p. 221.

No. 246. Servilia, 228. (44も参照のこと)

Christmas Eve, 165. (No. 143も参照のこと)

No. 247. The Tsar’s Bride, 205の前.

*No. 248. Russian Easter Fete, D.

*No. 249-250. Legend of Kitesh, 5, 162.

フレーズの繰り返し:模倣とエコー

 あるフレーズを別の楽器で模倣する時には、楽器の自然な音域順を意識しなければなりません。例えばあるフレーズをより高い音域で模倣するならより高音側の楽器で模倣するべきですし、逆もまた然りです。これを破ってしまうと、つまり例えばオーボエの低音域で奏されたフレーズをクラリネットの高音で模倣してしまうと、不自然になります。また同じことが、フレーズそのものは異なるけれどもキャラクターが似ているフレーズについても当てはまり、やはりこの場合も楽器の音域順を意識しなければなりません。一方、繰り返しに伴ってフレーズの性格を変える場合には、音域順にこだわらずにそれぞれ適切な音色を選ぶことになります。

COMMENT: 再確認ですが、木管の音域についての注意を思い出しましょう。低音域のフルートでできることが高音域でできるとは限りませんし、逆もまたしかりです。

The Tsar’s Bride, 157, 161.

Legend of Kitesh, 40-41.

*No. 251. Spanish Capriccio, S.


 フレーズにエコーをつける、つまり繰り返しに伴って音量が減るだけでなく距離感まで変える場合、二回目を演奏する楽器はもちろん一回目より弱くなければなりませんが、それだけでなく、一回目と二回目の音色には何らかの類似性がなければなりません。例えば、金管によるフレーズをミュートした金管で繰り返すと、このような距離感の効果を得ることができます。ミュートしたトランペットはオーボエのフレーズにエコーをつけるのにも非常に適していますし、またフルートはクラリネットやオーボエに対して綺麗にエコーをつけてくれることでしょう。一方で、木管と弦は音色が大きく異なるため、木管を弦でエコーしたりその逆を行ったりということはできません。模倣の際に(音量を小さくしながら)オクターブ変化させると、エコーに似た効果が生まれます。

Ivan the Terrible, 第三幕, 3.

No. 252. Sadko, 264.

*Spanish Capriccio, E. この例は正確にはエコーではないが、イメージ的にはエコーによく似ている。(No. 44も参照のこと)

*Scheherazade, 第四楽章, Oの前.

和音のsfz→p およびp→sfz

 sfz→pやp→sfzは音強記号で指定するのが自然なやり方ではありますが、これでは演奏者や指揮者によってダイナミクスの度合いが変わってしまいます。sfz→pやp→sfzは単に音強記号で指定する以外に、オーケストレーション自体に工夫することでも実現できます。

a) 木管が和音をpianoで鳴らし始めた瞬間に弦楽器がsfzで和音を鳴らす方法。弦の和音は2和音であろうが4和音であろうが好きなように鳴らせます。また、arcoでもpizz.でも構いません。p→sfzの場合には弦を木管の和音の終わり際に鳴らします。これらの方法はsfz→dim.やcresc→sfzにも応用できます。

COMMENT: これもまたオーケストレーションでダイナミクスを作る例です。一般に、本当に些細なものを除き、あらゆるアクセントは楽器の追加によって強調するべきです。もちろん、追加する楽器の数は全体の音量に比例して増やします。

b) あまり効果的でないので使われる機会は少ないですが、弦で和音を伸ばしておいて木管で瞬間的な和音を打つこともあります。この場合、弦はトレモロで音を伸ばします。

Vera Scheloga, 35の前, 38, 10小節目.

*No. 253. Legend of Kitesh, 15-16の前.

*Scheherazade, 第二楽章, P, 14小節目.

ある音や和音の強調

 ある特定の音や和音を強調するためにはアクセント記号やsfzを使う方法もありますが、それ以外に、メロディの一部を弦や木管の2~4和音で装飾するという方法もあります。この時、弦楽器はdivisiや重音奏法などを使わず、各セクションが一音を鳴らすようにします。また弦であれ木管であれ、3つか4つの装飾音を付加することも可能です。基本的にはこの装飾音は音階的に駆け上がるように付け、メインとなる音にスラーでつなぐのが普通です。弦楽器の場合、各セクションが3和音や4和音になっているところに装飾音でつなぐのは技術的に難しいため、避けるべきです。

COMMENT: 弱拍にある装飾音にこのようにしてアクセントをつけるのは、スネアドラムで非常によく使われるものですが、木管と弦でも非常に効果的です。木管と弦では、次に来る音に向けて非常に強い勢いが付きます。

No. 254. Thes Tsar’s Bride, 142; 弦楽器による装飾音.

*No. 255. Scheherazade, 第二楽章, C: pizz. による短い和音.

*Scheherazade, 第二楽章, P: 木管による短い和音. (No. 19も参照のこと)

クレッシェンドとディミヌエンド

 短いクレッシェンドやディミヌエンドはダイナミクス指定によって普通に作ることができます。ただしそれが長い時間をかけたcresc.やdim.になった場合、単にダイナミクス指定をするのに加えてオーケストレーションでも工夫をする必要があります。まず、金管は弦に次いで音量変化を付けやすい楽器群で、crescからsfzのクライマックスに向かう流れを金管以上に効果的に聴かせられる楽器は他にありません。反対にdim. に最も適した楽器はクラリネットで、クラリネットではほとんど息の音しかしないくらいまで音を落とすこと(morendo)ができます。長いcresc. は、弦、木管、金管の順に楽器を増やしていくことで作ることができます。同様に、長いdim. はこれと逆順(金管、木管、弦)に楽器を減らしていくことで作ることができます。残念ながら本書では長いcresc.やdim.の例を引用できませんので、ぜひフルスコアから次の部分を見てみてください。

COMMENT: これまでの章でコメントしてきた通り、打楽器はダイナミクスを段階的に変化させるのに非常に役に立ちます。打楽器によってはささやくような音からクライマックスで使えるような大音量まで変化できるものもありますし、音を小さくできない打楽器でもクライマックスには参加できます。重要なのは、大きなクレッシェンドでは何かを使わずに一番最後のアクセントまでとっておくことであり、このアクセントに打楽器を用いることが多くなります。

*Scheherazade, pp. 5-7, pp. 92-96, pp. 192-200.
*Antar, 6, 51.
*Christmas Eve, 183.
*Sadko, 165-166.
*The Tsar’s Bride, 80-81.

もう少し短いcresc. やdim. は第二巻の例にも多く見られます。

和声の音域拡大と収束

 和声の音域が広がっていくのは、ほとんどの場合は単に上三声が徐々に上昇しつつバス声部が徐々に下がっていくという動きによるものです。初めはバスと上三声の距離を小さくしておいて、徐々に広げていきます。逆に距離が縮まっていく場合には、バスと上三声が離れたところから徐々に近づいてきます。さて、このような音域の拡大や収縮に伴って音量もp→ffやff→pなどというふうに変化せざるを得ない場合もあるでしょう。というのは、音域が拡大するにつれて、空いた隙間に新たな声部を加えていく(つまり上三声の一部を二重三重に重複する)必要があるためです。逆に音域を狭めていく場合にはこのような重複している声部を削っていくことになります。ただし和声的に許される場合には、音域が狭まっていくのに伴って音を変える必要のない中音域の声部はそのまま保持します。これにより、和声進行に一貫性を持たせることができます。さて、以下の作例のうち始めの3つはペアで示しました。まず最初のペア(No. 256-257)は音域が広がる場合の例で、pのところに歌声が追加されていくものと、純粋にオーケストラでcresc.をしているもののセットです。次のペア(No. 258-259)は、どちらも同じように音域が拡大していく例ですが、片方はcresc.で片方はdim.しています。このdim.は木管が演奏をやめながら弦楽器をどんどんdivisiしていくことで成り立っています。このcresc.とdim.はそれぞれ劇中におけるムラダの亡霊の登場と退場に合わせて書かれており、不気味なムードを醸し出しています。3つめのペア(No. 260-261)は音域が収束していく例になります。No. 260は、美しいpianissimoが海底王国とその王女ヴォルホワの物語を描写します。No. 261では歌なしの純粋なオーケストラによる力強いcresc.によって海の王の登場を描いています。No. 260-261はどちらも減7の同一和音を保持していますが、このような進行を書く際は十分に注意しなければなりません。

COMMENT: ある音色が変化せずに続く限り、また中声部同士が近接している限り、内声に新たな音が加わったりいなくなったりすることによる違和感が出にくくなりますが、そのためには和声において取り扱いの難しい音を重複しすぎないことが大事です。

No. 256-257. The Tsar’ s Bride, 102107.

No. 258-259. Mlada, 第三幕, 1219.

No. 260-261. Sadko, 105119.

Sadko, 72. (No. 112も参照のこと)

Sadko, 315の前.

*Christmas Eve, 冒頭. (No. 106も参照のこと)

*No. 262. Antar, 第三楽章の最後.


注: 音域が広がっていく過程において、隙間がいつも完全に埋められるとは限りません。

No. 263. The Golden Cockerel, 106の前.

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