重唱
ソロの歌声を複数組み合わせて多声的あるいは和声的に使うというのは、個々の歌手の特徴を残したままアンサンブルを形成するのに最も優れた方法です。重唱において、完全に和声的な重ね方がずっと続いたり、また完全に対位法的なまま進行したりということはほとんどありません。ずっと和声的に重ねるというのは合唱ではよくありますが、ソロでは歌声の動きが単純化され過ぎ、メロディックな雰囲気が失われてしまいます。一方、ポリフォニックな動きが続くのは耳を疲れさせ、また聴衆を混乱させる原因になります。
基本的に、歌は自然な音域順に従うように作り、声部が交差することは稀です。声部の交差するのは一つ上の声域までに限り(テノールがアルトを超える、メゾソプラノがソプラノを超える、等)、それも上昇していくメロディを強調したい場合にのみ使えるものと考えましょう。
二重唱
二重唱で最も各声部を動かしやすいのは、二声部の声域が一オクターブ離れている、
ソプラノ | 8 | テノール,
メゾソプラノ | 8 | バリトン,
アルト | 8 | バス
の組み合わせです。10度、6度、3度、オクターブ(稀)で動くのは常に良いアンサンブルを生みます。各声部が多声部的に動く場合でも声部間の距離が10度を超えるのは稀で、特段の理由なく声部が交差するのも避けるべきです。
例
Sadko, 99-101: ソプラノとテノール (No. 289, 290も参照のこと).
Servilia, 143: ソプラノとテノール.
Ivan the Terrible, 第一幕, 48-50: ソプラノとテノール.
Kashtchei the Immortal, 62-64: メゾソプラノとバリトン.
4度あるいは5度の関係になっている、
ソプラノ | 5 | アルト,
アルト | 4 | テノール,
テノール | 5 | バス
は、3度や6度といったより近い距離で動かなければならず、10度になることは稀です。またこれらはユニゾンになることもあります。これらがオクターブを超えて配置されることはほとんどなく、声部の交差が見られる場合もあります。ただし声部の交差は短い時間に留めなければなりません。
例
Snegourotchka, 263-264: ソプラノとアルト.
*The Christmas Night, 78-80: アルトとテノール.
*Legend of Kitesh, 338: テノールとバス.
二声部間の距離が3度になっている、
ソプラノ | 3 | メゾソプラノ,
メゾソプラノ | 3 | アルト,
テノール | 3 | バリトン,
バリトン | 3 | バス
の組み合わせの場合は、ユニゾン、3度、6度で動き、声部の交差もかなり許されます。一方でオクターブ以上離れるのは基本的に許されず、するとしても一瞬に限られます。
例
*The Tsar’s Bride, 174: ソプラノとメゾソプラノ.
*Tsar Saltan, 5-6: ソプラノとメゾソプラノ.
12度の関係になっている、
ソプラノ | 12 | バス
の組み合わせの場合、二声部の距離が近くなりすぎるのは良くありません。これは、バスを高い音域で使ったりソプラノを低い音域で使ったりということを避けられないためです。ユニゾンで歌うのはもはや不可能で、3度も避けるべきです。6度、10度、13度で重ねるのが良いでしょう。12度以上離れて使われることが多く、声部の交差などは論外です。
例
*Tsar Saltan, 254-255: ソプラノとバス.
10度の関係、つまり
ソプラノ | 10 | バリトン,
メゾソプラノ | 10 | バス
の組み合わせはかなり用いられます。使い方は12度の場合と同じです。
例
Snegourotchka, 291-300 (抜粋はNo. 118参照): ソプラノとバリトン.
同じ高さの組み合わせ、つまり
ソプラノ | ソプラノ,
テノール | テノール
といった組み合わせでは、ユニゾンか3度に限られます。6度を超えることは避けるべきですが、一方で声部の交差は避けられません。これを許容しない限り、ほとんど動くことができなくなります。
注:アルト | バリトン, メゾソプラノ | テノールという組み合わせも可能で、特段の説明の必要はないでしょう。
注の例
*The May Night, 第一幕, pp. 59-64: メゾソプラノとテノール.
*Sadko, 322-324: メゾソプラノとテノール.
基本的に、二重唱が良く響くためには、次の2つの条件が満たされていなければなりません。まず、それぞれの声部の進行が明快であること。そして不協和音が現れる場合は、共通音によって準備されているか、あるいは別々の音からだとしてもそれが正しい進行のもとに生じる不協和音であり、いずれにせよそれが適切に解決されること、です。また、響きの乏しい和音である、4度と完全5度、及び11度と12度を小節の強拍に置くのは避けるべきで、特に同じ音価で重ねるのは良くありません。しかし、声部の片方がメロディックなフレーズでもう片方がデクラメーションで和声的な伴奏を務めているというような場合は、必ずしもこれら4度、5度、11度、12度を避けなければならないという訳ではありません。
注: 歌唱部の書き方を詳細に述べることは、本書の目的を超えたものです。それは対位法で学ぶべき範疇でしょう。本書で言っておかなければならないのは、人間の声というのはオーケストラの伴奏の下でも必ずある程度分離して聴こえ、声だけで完結しているように聴こえる側面があるということです。このため、歌声による離れた二声の隙間を埋めるのにオーケストラを使ったり、歌声が誤った進行をするところをオーケストラで補ったりということはできません。和声法と対位法のあらゆる規則は、その細部に至るまで歌唱自体で守るべきで、オーケストラの伴奏に頼ってはなりません。
三重唱、四重唱など
二重唱で説明してきたことは、三重唱以上でもそのまま全く同じように当てはまります。多重唱のアンサンブルが完全に対位法的に動くことはめったにありません。基本的に、いくつかの声部が多声部的に動いたとしても、残りの声部は単に3度、6度、10度、13度で重ねます。また、いくつかの声部がデクラメーションで和声を作ることも可能です。むしろ、同時に動く声部が多い場合には、こうして一部をデクラメーションで和声にしたほうが全体の流れを聴き取りやすくなります。同時に歌われているそれぞれの声部を区別して聴きとることができるため、ある声部の音色の特徴やフレーズの流れを理解しやすくなるのです。休みと再参加を巧みに操ることで全体の理解はより容易になり、細部まで望みどおりに目立たせることができるようになります。
例
Snegourotchka, 237: 三重唱。第三幕フィナーレ.
The Tsar’s Bride, 116-118: 第二幕の四重唱.
The Tsar’s Bride, 168-171: 第三幕の六重唱 (抜粋はNo. 283参照).
Servilia, 149-152: 第三幕の五重唱.
ソロのアンサンブルが完全に和声的に動くことはほとんどなく、上声部がホモフォニックになっていることが圧倒的に多いです。全体が和声的になるようなアンサンブル、つまり他声部より特に浮き出て聴こえてくる声部が一つもないアンサンブル(コラールに見られる)というのは、古典的なスタイルの歌や讃美歌などに用いるものです。このようなやり方でソプラノ | アルト | テノール | バスの四重唱を書く場合、(特にフォルテのパッセージでは)解離配置で書くのが最も自然で良いアレンジになるでしょう。というのは、解離配置ではこれら四声部がそれぞれ自分にふさわしい音域で歌うことができるからです。一方、密集配置では、どの声部も自分の声域を外れる瞬間ができてしまいます。とはいえ、解離配置と密集配置はどちらも用いるべきです。そうでないと、短い和声進行でさえ正しく進行できなくなる可能性があります。
例
Snegourotchka, 178: ベレンディ皇帝の主題による讃美歌.
No. 305. Legend of Kitesh, 341.
No. 305の後半は6声による和声的書法の例です。この例では上声部が顕著に目立っており、残りの声部は一種の伴奏を形作っています。