第二章以降に登場する作例について

この章からは、第一巻と第二巻を並行して見ていくことになります(注:この翻訳には第二巻未収録)。また、第二巻に収録していない作品例も多く取り上げています。そうした第二巻未収録の作例を参照するため、前書きのあと(原文では第二巻の最初のページ)に、RKの作品の標準的な版の楽譜をリストしておきました。本書では、これらの版に基づいて作例を紹介していきます。こうした作例を参照する場合、作品中の参照箇所をB70のように太字イタリックで表記します。このB70はその楽譜の中の練習番号で、リストに示した版の楽譜と照らし合わせることで参照箇所がわかるようになっています。一方で、第二巻に収録した例を参考する場合には、その掲載順に「No. 1」、「No. 2」という風に番号を振ってあります。というわけで、例えば「The Tsar’s Bride 84」と書かれていた場合には、第二巻への収録がありませんので、Belaieff版の「The Tsar’s Bride」から練習番号84のところを見ればよいことになります。対して、「No.1. Scheherazade, 第二楽章 B」と書かれていた場合には、同じように市販の楽譜から探すことも可能ですが、第二巻に同じものが収録されています。また、前書きにある通り、作品名の前にアスタリスク(*)が付けられているものはリムスキー=コルサコフによるものではなく、編集者M. Steinbergにより追加された作例です。

※2020年7月19日追記
二巻に収録されている作例のうち、Scheherazadeについて合法と思われるYoutubeのリンクを付けました。作例の箇所から再生が開始するように調整してあります。
No. 1 のように、赤字になっているリンクを押すと当該ページが開きます。
使用させて頂いたのは「SinfonicadeGalicia」という管弦楽団公式の演奏動画となります。
はじめから聴きたいという方はこちらからどうぞ。

第二章概論

メロディというのは、それが長いか短いか、あるいは単純なテーマかメロディアスなフレーズであるかにかかわらず、常に伴奏から浮き出て目立っていなければなりません。これは人為的な方法でも自然な方法でも実現できます。「人為的」な目立たせ方が必要になるのは楽器の音色が考慮されていない場合で、こういう時には音量表現による陰影を相当犠牲にすることでメロディを浮き立たせることになります。一方「自然な方法」とは、音色の選択とその対比によって、あるいは2重、3重、…の重ね合わせによる響きの増強によって、さらには声部の交差(例えば、チェロがヴィオラとヴァイオリンよりも高音域に行く、クラリネットやオーボエがフルートより高音域に行く、ファゴットがクラリネットを超える、等)によってメロディを浮き立たせるものです。

COMMENT: より広い意味で捉えれば、RKはここで初めて「音色との距離感」あるいは「音のレイヤー構造」(前景、背景、など)の問題に触れたと考えることができます。言うまでもなく、メロディは前景に来る要素の一つです。オーケストレーションの基本原則として、前景にくる音色を先に決めて、それから背景に来る音色を選んでいくべきです。背景がメロディよりも目立つことなどあってはならないのですから、背景はメロディを邪魔しない音色に設定します。

高音部におかれたメロディは何もしなくても目立ちますし、低音部でも高音ほどではないにせよ浮き上がって聴こえます。対してオーケストラの中音域ではただ書いてあるだけのメロディが目立つことはあまりないので、上に書いたような方法が必要になります。またこれらの方法は三度とか六度で重ねられた二声のメロディを書く場合や、ポリフォニックな書き方をするときにも役立つでしょう。

COMMENT: オーケストラにおける目立ち具合を決める要素として、「動き」も無視することはできません。その他の要素が完全に同じだったとすると、我々の耳は「変化」を聴き取ろうとします。従って、例えばヴィオラが動きのある声部を演奏していてその他の弦楽器がロングトーンで伴奏している場合、ヴィオラがきちんと目立って聞こえます。もちろん、他の弦楽器はヴィオラと全く同じ音域にならないようにしておきます。

弦楽器によるメロディ

弦楽器がメロディを演奏している例は枚挙に暇がなく、本書でも多くの例が取り上げられています。コントラバス以外の弦楽器はどれも単体で旋律線を担うことができます。コントラバスは音色が鈍く柔軟性に劣るため、ほとんどの場合チェロとユニゾンあるいはオクターブ重複で用います。

a) ヴァイオリン

ソプラノからアルト、あるいは超高音におけるメロディはほとんどの場合第一ヴァイオリンに割り当てますが、時には第二ヴァイオリンやこれらのユニゾンに割り当てることもあります。またこれらをユニゾンにすることで、音色はそのままに、より充実した響きを得ることができます。

COMMENT: 音楽としてメロディの掛け合いが適しているような場合(短いフレーズの集まりへと自然に細切れにできるメロディ)には、単に第一ヴァイオリンだけにメロディを任せるよりも第一ヴァイオリンと第二ヴァイオリンでメロディを掛け合う方が一般的です。

The Tsar’s Bride, 84: 苦悩に満ちた劇的なピアニッシモのメロディ(第一ヴァイオリン)。和声的な伴奏(中音域は第二ヴァイオリンとヴィオラでともにトレモロ、低音はチェロ)を伴う.

Antar, 70の前: 下降していくメロディ。弱音器をつけた第一ヴァイオリンで弱奏
No. 1. Scheherazade, 第二楽章 B: 弱奏のメロディ(第一ヴァイオリン)。優雅な感じ.

Antar, 12: 軽く優雅なメロディ、オリエンタル調(東洋風)。舞踏曲(弱音器付き第一ヴァイオリン)。弱音器によってぼんやりと霞んだ音になっている.

No. 2. The Legend of the Invisible City of Kitesh, 283.

No. 3. Spanish Capriccio, J: 第一ヴァイオリンの高音が高音域の木管を重複。極上の響き

b) ヴィオラ

アルトからテナー、あるいはもう少し高い音域におけるメロディはヴィオラに担当させます。しかし、ヴァイオリンやチェロと比べると、cantabileのメロディがヴィオラに割り当てられることはそれほど多くありません。このことの理由として、ヴィオラのわずかに鼻にかかったような音色がどちらかといえば短く特徴的なフレーズの演奏に向いていることや、そもそもヴィオラの人数が少ないことが挙げられます。メロディをヴィオラに託す場合、基本的には他の弦楽器や木管を重ねます。

COMMENT: RKはこう書いていますが、実はヴィオラだけでも十分です。音量バランスを整えたいなどの理由がない限り、必ずしも他の弦楽器や木管を重ねなければならないわけではありません。

No. 4. Pan Voyavoda, 第二幕145のデュエット: 長いcantabileのメロディをヴィオラがdolceで演奏。メゾソプラノの歌がユニゾンで重なる。

No. 5. The Golden Cockrel, 193: 流れるようなcantabile。

No. 6. Sadko (交響的絵画), 12: 弱音器付きヴィオラ。変ニ長調で弱奏かつ短いダンスのテーマ(後になって作ったオペラの方のSadkoでは第6場で同じメロディがイングリッシュホルンで出てくるが、そちらのほうがわずかによく通る音)。

c) チェロ

テナーからバス、それと超高音域のメロディをチェロに演奏させる場合、あまりはっきりしたメロディや素早いフレーズよりは、張り詰めたような情熱的なメロディをcantabileで奏させることが多くなります。普通、このようなメロディは高音弦(A弦; とても豊かな「胸声的」音質)で演奏されるように書かれます。

Antar, 56; A弦によるcantabile。

Antar, 63; 同じメロディを変ニ長調で。演奏はD弦で、ファゴットが重なっている。

No. 7. Pan Voyevoda, 134; ノクターン「月の光」。dolce ed espressivo指定の雄大なメロディ。その後第一ヴァイオリンが一オクターブ上で重なる。

No. 8. Snegourotchka (The Snow Maiden), 231; 5小節目、cantabile ed espressivoで第一クラリネットを模倣。弦はA弦。

No. 9. Snegourotchka, 274; 装飾を伴ったメロディアスなフレーズ。

d) コントラバス

コントラバスは、その音域がbasso profondo (バスより低音)とそれよりさらに低音域側である上、くぐもった音色であるために、包み込むようなcantabileのためのメロディ楽器としてはほとんど無力で、チェロとユニゾンかオクターブユニゾンでのみメロディに使われます。私の作品の中でも、チェロかファゴットのサポートもなしに重要なフレーズがコントラバスに振られている例は全くありません。

COMMENT: 現代ではそうとも言い切れません。奏者が良ければ、コントラバスはなんとも美しい音を出すものです。とはいえ今でも基本的にはRKの言う通りです。

*No. 10. Legend of Kitesh, 306; コントラバスのソロ。はじめはコントラファゴットで重複され、その後は(普通の)ファゴットが重ねられている。この作例では、珍しく最後のいくつかの音でアルト記号が使われている。

*No. 11. The Golden Cockerel, 120; コントラバスとコントラファゴット

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