コーラス
声域
コーラスの声域はソロよりも少し狭くなり、予備音域は通常音域から上下2音程度となるでしょう。ソロの表Fに点線で示した音域は、ソロにも匹敵する音域の持ち主が大編成のコーラスに数名参加しているなど、非常に限られた場合にのみ使うことのできる限界にあたるものです。たいていの場合、バス歌手の一人か二人は予備音域として示した音よりもさらに低い音まで出すことができます(このような歌手をオクタヴィストと呼びます)。*
*英(?)訳者注: フランスの作品においてコントラバス声部と呼ばれる声域は、ロシアではわざわざコントラバスというのが奇妙に感じられるようです。ロシアにはこの声域を持った歌手が大勢いるからです。
注: このような普通以上に低い音は、ほどよく伸ばした音でのみ使うことができて、またコーラス全体が極めて弱音(piano)でなければなりません。さらにいえば、伴奏なしの時(アカペラの時)くらいしか使えないでしょう。
コーラスでは各パートが「第一」と「第二」に分かれることができますが、第一と第二の音域の違いは、通常音域に高い側の予備音域を合わせたのが第一、通常音域に低い側の予備音域を合わせたのが第二、とまとめることができるでしょう。
コーラスの編成はおおよそ次の通りです。フルコーラス:ソプラノからバスまでの各声部が32人、中規模:各16~20人、小規模:各8~10人。女声の方が大人数であることが多く、また「第一」パートには第二よりも大人数が配置されます。
ステージの都合によっては、コーラスが2つとか3つに分かれて並ばざるを得ないこともあります。これはかなりの痛手で、特に小規模なコーラスの場合、それぞれの合唱がソロのようになってしまいます。
オペラのコーラスを書くには非常に多くのやり方があります。最もよく使われるのは和声的な要素と多声部的要素を併せ持つようなアレンジで、これは音楽的なアイディアを全て歌に収めるやり方です。これ以外にも、各声部がそれぞれ異なる長さの歌やデクラメーションで別々に入ってくるという方法もあります。あるいは全パートがユニゾンかオクターブで動くというやり方や、一声部あるいは合唱全体が同じ音や和音を繰り返すというアレンジ、メロディを担当する一声部(高音であることが望ましい)をよく聴こえるようにして残りは和声的な伴奏に徹するという方法、単発の叫ぶようなフレーズをいくつかの声部あるいはコーラス全体に歌わせるというやり方、そしてコーラスは完全に和声を奏でることに徹してオーケストラの方でメロディを鳴らすというやり方もあります。というわけで、ここまでコーラスの扱い方について概要を示してきましたが、ここでは扱いきれないことがたくさんありすぎるので、歌とオーケストラの扱いについては実際のスコアから学ぶことをお勧めします。
以上とは別に非常に重要な書法として、コーラスの分け方自体を変えてしまうという手法があります。最も自然なのはコーラスを男声と女声に分けるというもので、アルト・テノール・バスやソプラノ・アルト・テノールという3分割はそれほど見かけません。似た手法として、各声部をさらに2つとか3つに分けてしまう(divisi)という方法もあります。男声と女声とに分けた場合はそれぞれ別個のパートとして扱い、男声と女声を交互に使用したり、混声合唱と交互に切り替えたりして使います。男声や女声合唱の場合でも、一つのパートをさらに分割することで、3声とか4声のコーラスを書くことができます。従ってdivisiをうまく使うことで合唱はより豊かになるのですが、反面、divisiによって合唱の書き方は複雑になってしまいます。やはり結局のところ、上で述べた通り、合唱の書き方を上達させるには合唱のスコアをきちんと読んで勉強するしかありません。本書でできるのは合唱の基礎を説明することだけです。
メロディ
コーラスのメロディはソロの場合よりも制限が多く、音域にも機敏さにもより気を使わなければなりません。合唱の歌い手というのはソロ歌手よりも技術的に未熟だからです。時にはソロと合唱のメロディが同程度の音域と技術になることもありますが、多くの場合合唱の方は自由度が少なく、リズムも単調で、短いフレーズの繰り返しのようになります。ソロの方はそんなことがなく、むしろより自由で息の長いフレーズが好まれます。この点において、合唱のメロディはソロの場合よりも器楽的であると言えるでしょう。また、息継ぎのための間を設ける事はそれほど重要ではありません。というのは、合唱の場合はそれぞれの歌い手が同時にブレスをとる必要がなく、また各々が別々のタイミングで小休止をとることもできるからです。歌いやすい母音に関する注意も、ソロの場合よりも重要性が薄れます。
短い音からの跳躍に関する注意や各音節へのメロディの乗せ方、その他ソロで説明した注意点は全てコーラスの場合にも当てはまりますが、重要性はいくぶん薄れます。一音節に2つ以上の音を乗せるのは、一風変わった効果を狙うのでなければ避けましょう。
例
No. 306. The Golden Cockerel, 262: 123の前も参照のこと.
A. 混声合唱
コーラスのユニゾン
最もシンプルかつ自然なのは、ソプラノとアルト、またはテノールとバスの組み合わせです。この組み合わせは密度の濃い大きな音を作り出し、メロディが低音側であれ高音側であれ、目立たせることができます。実際の曲の中では、他のパートがdivisiすることによって和声的な厚みを出します。アルトとテノールの組み合わせでは異様とさえ言える音色になってしまうため、ほとんど使われません。
例
Snegourotchka, 64.
Sadko, 208. (No. 14も参照のこと).
オクターブによる進行
オクターブ重複の場合、最も美しくまた自然なのはソプラノとテノールの組み合わせ(ソプラノ | 8 | テノール)と、アルトとバスの組み合わせ(アルト | 8 | バス)です。この組み合わせは、華やかで力強い音色になります。ソプラノとアルトや、テノールとバスといった組み合わせをオクターブにすることはめったにありません。コーラスが女声だけあるいは男声だけしかないという場合には用いることもありますが、それでも長時間続けることはできません。各パートの出せる音域の差が小さいため、オクターブ重複では動きに制限が出てしまい、ソプラノ-テノールやアルト-バスの組み合わせのようなバランスの整った音にならないからです。
例
Snegourotchka, 60, 61: 祭りの行列.
Snegourotchka, 113: 結婚式.
Sadko, 37: 客たちのコーラス. 交響的絵画のうち第一の絵.
同じ声域のパートをオクターブに分けること(ソプラノ I | 8 | ソプラノ II など)はめったにありません。ただし、バスだけは声部の進行によってはバス I | 8 | バス IIがでてくることもあります。バス声部をオクターブ重複で補強したい場合にもやはりこの組み合わせを用います。
例
Ivan the Terrible, 第三幕, 68: 最後のコーラス (No. 312も参照のこと).
Sadko, 341: 最後のコーラス.
男声と女声をオクターブ重複させると、つまり(ソプラノ+アルト | 8 | テノール + バス)とすると、丸みを帯びた美しい音色が得られます。
例
Snegourotchka, 323: 最後のコーラス.
華やかで活気ある音を得るには、ソプラノとアルトを3度で重ね、さらにそれらのオクターブ下をテノールとバスで重ねます。
(ソプラノ | 3 | アルト)| 8 | (テノール | 3 | バス)
例
Mlada, 第一幕, 24; 第二幕, 31の前.
The Golden Cockerel, 235.
稀に、全コーラスで2オクターブ分の重複をしたいことがあります。その場合、普通は
(ソプラノ + アルト) | 8 | テノール | 8 | バス,
ソプラノ | 8 | (アルト + テノール) | 8 | バス
のどちらかの組み合わせ方にします。
例
Snegourotchka, 319.
Sadko, 182.
歌声の分割(divisi)と混声合唱の和声的用法
混声合唱による和声が解離配置になっている場合、四つの声部が完全に和声的な進行をするのが最も自然で、広い音域に渡って良く響く均一な音量を得ることができます。
例
No. 307. Sadko, 144: 第三の絵画冒頭.
密集配置で強奏が必要な場合、バランスをとるためには
ソプラノ I | ソプラノ II | アルト(全体) | テノール I | テノール II | バス I | バス II
という配置にするのが良いでしょう。
この編成では、上三声(ソプラノ2つとアルト)の一オクターブ下をテノール2つと第一バスが重複し、一番下の声部は第二バスが請け負います。言い換えると、テノール2つがソプラノ2つをオクターブ重複、第一バスがアルトをオクターブ重複、そして第二バスがそれらと独立に動くということになります。
例
Snegourotchka, 327: オペラ全体の終結部.
Mlada, 第二幕, 20: 貴族たちの行進.
(No. 212) Ivan the Terrible, 第二幕, 19.
一つのパートにメロディと伴奏の両方を担当させたい場合、divisiを用いてメロディパートと伴奏パートを作ることができます。どのパートをdivisiするかは、メロディパートをどの音域に置きたいかによって変わります。和声とメロディが結びついたフレーズを異なる調性と音域で繰り返したい場合、各パートの受け持つ役割やdivisiするパートは、一回目と繰り返しとで変える必要がでてくるでしょう。そうでないと音のバランスが悪くなってしまいます。実際に調を変えて同じフレーズを繰り返している曲例を紹介しましょう(Sadkoより)。一回目はD maj(ニ長調)ですが、二回目は3度高くなっています(F maj, ヘ長調)。一回目はソプラノとアルトが一つになってメロディを補強し、テノールとバスがdivisiすることで和声を成しています。ところが二回目は、全体が3度高くなっているためにメロディはソプラノのみに任せ、アルトも和声に参加しています。これを受けて、テノールとバスのdivisiも一回目とは異なったものになっています。
例
Sadko, 173と177 (No. 205と206参照): G maj (ト長調)で繰り返している189も参照のこと.
No. 309-310.: Ivan the Terrible, 第一幕, 77.
No. 307は合唱が解離配置で純粋な和声を構成し、オーケストラがメロディを奏でているものでした。次に示すNo. 308では、音楽としては同じものながら、メロディはソプラノコーラスに移され、和声を奏でているパートのうちテノールはdivisiされています。
例
No. 308. Sadko, 152.
5声部以上に渡る多声が必要な場合は、各パートをdivisiして必要な声部数まで増やす必要があります。各パートは最大で3つにまでdivisiできます(3ソプラノ、3アルト、等)。
例
No. 312. Ivan the Terrible, 第三幕, 69: 最後のコーラス.
Serbilia, 233: 最後のコーラス.
Mlada, 第四幕, 35-36: 最後のコーラス.
混声合唱でフガートやフーガ様式を書く場合、基本的には4声部にします。ただし上に引用した例に示したように、大勢が集まっているような効果を出したいときにはこの声部数を増やすことができます。その場合、最後の和音の配置や、クライマックスの最高到達点のアレンジには十分注意しなければなりません。このようなパッセージは、最後の声部が入ってきた後は、一番最後の和音という終着点を胸に描きながら進行していかなければなりません。最終和音の扱いとして、各声部によって作られた協和音をできるだけ長く伸ばすことが必要です。最後が不協和音の場合は、声部を交差させることで効果を高めることができます。やはり、上に挙げた例に対して、各声部が最終和音に向かってどのように流れていくのか、注意深く検討することを勧めます。特に最終和音がどのような配置になっているのかに注意しましょう。また、考えなしに声部を交差させるものではありません。合唱のアレンジというのは自然な音域順に従うべきもので、声部の交差というのは、どこかのメロディやデクラメーションを強調するためにほんの短い間だけ使うものです。
例
Ivan the Terrible, 第一幕, 79; 第二幕, 5; 第三幕, 67.
B. 男声合唱と女声合唱
男声合唱や女声合唱で三声の和声を書く場合、
女声なら ソプラノ I | ソプラノ II | アルト または ソプラノ | アルト I | アルト II、
男声なら テノール I | テノール II | バス または テノール | バス I | バス II
という風にdivisiします。どちらを選ぶかは、どちらのパートをメインに据えたいか、あるいは使用したい音域によって決めます。一曲を通じて同じ分け方になっている必要はなく、自由に交代できます。四声を書きたい場合にはdivisiの方法は自明で、ソプラノ I | ソプラノ II | アルト I | アルト II または テノール I | テノール II | バス I | バス II となります。
三声の和声において、真ん中の声部を強調したい場合には、
ソプラノ I | (ソプラノ II + アルト I) | アルト II,
テノール I | (テノール II + バス I) | バス II
という分け方もできます。
三声の和声でメロディが上の声部にある場合は、和声は密集配置でも解離配置でも構いません。
例
Ivan the Terrible, 第一幕, 25-26, 23-31: 女声合唱.
Sadko, 181の前: 男声合唱 (No. 27も参照のこと).
No. 311. Sadko, 270-272: 女声合唱.
四声の場合は密集配置の方が望ましいです。解離配置では上の声部は高すぎる音域に、下の声部は低すぎる音域になってしまいます。
例
Sadko, 17: 男声合唱.
Ivan the Terrible, 第二幕, 36-38: 女声合唱 (抜粋はNo. 296を参照).
二声の場合は基本的に対位法的な動きをしますが、これに関しては特段の注意はありません。ユニゾンの場合も同様です。
例
Sadko, 50: 男声合唱.
Mlada, 第一幕冒頭: 女声合唱.
Ivan the Terrible, 第三幕, 13-15: 女声合唱.
Servilia, 26: 女声合唱.
男声合唱や女声合唱を完全に和声的に取り扱いたいのであれば、密集配置で書くべきです。混声合唱とは異なりほぼ同じ音色と音域のコーラスですので、和音のバランスを適切に保つには密集配置以外あり得ません。また、四声よりも三声で進行するほうが多く、時には二声まで減らした方が良い場合もあります。
例
Snegourotchka, 19: 鳥たちの合唱.
Snegourotchka, 281-285: 花の合唱 (抜粋はNo. 26参照).
フガートやフーガ様式を男声や女声合唱の三声で書く場合、主唱に二声部を重ね、対唱に一声部を割り当てます。こうすることによって、主唱がより目立つようになります。
例
Sadko, 20-21.
*The Tsar’s Bride, 29-30.
男声合唱や女声合唱は、編成が初めから男声や女声だけになっている場合だけでなく、混声合唱の編成から男声や女声を休ませることでも生まれます。この場合、混声合唱と交互に切り替えることができます。
例
(No. 166) Snegourotchka, 198: ベレンディ皇帝の主題による讃美歌.
基本的に、女声合唱は低音を歌うときにもバス声部を担当することはなく、別の楽器によって奏されるバス声部と女声合唱の間にオクターブ重複ができることはありません。女声合唱の和声は上三声を担当するように書き、バス声部は伴奏に任せるのが普通であるということです。ただし、和声が第一転回形の時には注意が必要です。第一転回形では上声部の第三音を省略しますので、この規則に従うと合唱の和音に禁則である空虚4度と空虚5度ができてしまいます。この問題を解消するため、例えばNo. 311 (Sadko, 270)ではバス声部を高音域に置いています。これにより、4 | 5の和音が出てくるのは一瞬になり、その後も全声部をオクターブユニゾンで シ | シ とすることで空虚4度、5度を避けています。No. 304 (Sadko, 83) では、熟考の上で女声合唱から最低声部を省きました。ただし全体が高い音になったところでは最低声部も重複に参加しています。
さて、最後に合唱について次の3点を示したところで、第六章、そして本書の締めくくりとしましょう。
1: 前提として、各パートをdivisiすれば、当然音量は弱くなります。また、これまでみてきた通り、良いオーケストレーションというものは、和音のバランスが取れているものです。ところが、コーラスの場合はこの問題はいくらか異なったものになることを覚えておきましょう。オーケストラというのは、たとえ何度もリハーサルを繰り返したとしても、楽譜を見ながら演奏するものです。つまり、オーケストラ奏者は音楽全体や細かいところまでは記憶していないのです。これに対し、合唱というのはオペラを勉強する際には譜面を覚えるもので、本番でもほとんどの場合は暗譜で演じきります。さらに、合唱にはそれを率いるコーラスマスターがいることも忘れてはいけません。コンサートマスターはdivisiの指示をうまく解釈して各パートの人数を調整できますし、さらにコーラスマスターが各パートに適切な音量を指示することで、divisiされたパートとそうでないパートが混在していても和音のバランスを保つことができます。また、オーケストラのための作曲では音量や音色の異なる様々な楽器を操らなければなりませんが、コーラスにはよく似た4種類しかありません。しかもコーラスはステージ上を移動しますので、それによって得られる表情の変化は一か所に座ったままであるオーケストラのそれよりも大きなものになります。以上をまとめると、オーケストラのdivisiでは音量変化などに細心の注意を払わなければならないのに対し、コーラスに対してはかなり大胆にdivisiすることが許されるということになります。
2: 男声合唱や女声合唱でバランスのとれた三声を鳴らしたい場合、私は148ページに記した、真ん中の声部を重複した組み合わせを使うことが多いです。ただし、コーラスマスターの方でも自由にコーラスの人数を調整してバランスをとろうとします。気付いたのですが、divisiによって3声部に分けた場合、コーラスマスターは一番上の声部をソプラノ I (男声ならテノール I)に割り当て、下の二声部をソプラノ II (男性ならテノール II)のdivisiに任せようとするようです。このわけ方ではバランスが崩れてしまうため、よく響くとは思えません。ですので、コーラスマスターには中声部を強くすることの重要性を認識してもらわなければならないでしょう。上声部を強くしても、メロディは目立つようになりますが、和声はほったらかしになってしまいます。
3: 合唱パートをうまく取り扱うには熟練が必要です。うまく書けていないと暗譜にも苦労しますし、声部が正しく進行していない場合にはよく訓練された合唱団でさえ良い響きで歌うことができません。一方、各声部が正しく進行しており、不協和音が出てくる場合でもそれが適切に準備されているのであれば、かなり難しい突然の遠隔転調でさえ比較的容易に歌え、またある程度自信を持って歌われることになるでしょう。このような声部の取り扱いの重要性が作曲家に意識されることはあまりありませんが、歌手の方はこれをよくわかっています。非常に難しい転調が出てくる例として、No. 169 (Sadko, 302) を挙げておきましょう。このような難しい転調で、もし合唱がこう書かれていなかったとしたら、歌えるかどうか非常に疑わしいです。このように、作曲家の方で十分に注意して書いてあれば、歌い手に無駄な努力を強いずに済むわけです。
1905年 7月31日 (8月13日).