1. 木管楽器(続き)

 フルートとクラリネット(特にフルート)は木管の中で最も柔軟性に富んでいますが、表現力やニュアンス付けの巧みさという点では、クラリネットの方が秀でています。なにしろ、ただ息を吐いているのと同じくらいまで音量を落とすことができますので。鼻にかかったような音色であるオーボエとファゴットは、運動性と柔軟性の点で他の木管に劣ります。これはオーボエとファゴットがダブルリードの楽器であるためですが、フルートとクラリネットがあらゆるスケールや素早いパッセージで効果を発揮するように、オーボエとファゴットは文字通りcantabileで平和的な旋律楽器であると言えるでしょう。素早いパッセージでは、よくフルート、クラリネット、弦楽器に重ねて用いられます。

 これら4種の楽器はどれも同じようにレガートもスタッカートも演奏でき、やり方こそ違うもののレガートとスタッカートの行き来も可能です。しかし、はっきりした突き抜けるようなスタッカートはオーボエとファゴットの方がより得意です。一方、音をよく持続させるレガートのフレーズではフルートとクラリネットの方に軍配が上がります。従って、レガートを組み合わせたパッセージではフルートとクラリネットを、スタッカートのフレーズではオーボエとファゴットを使うようにするのがいいですが、これはあくまで一般論であって、これと逆の使い方をしてはならないという訳ではありません。

 個々の楽器の技術的な特徴を比べてみると、次のような基本的な違いがあげられるでしょう。

a) シングルタンギングによる素早い同音連打は全木管楽器で使えます。ただしダブルタンギングによる同音連打はフルートでのみ可能(フルートにはリードがないため)。
b) クラリネットはオクターブ以上の跳躍が苦手です(フルート、オーボエ、ファゴットでは比較的容易)。
c) アルペジオや二つの音を素早くレガートでつなげたようなフレーズは、フルートとクラリネットには適していますが、オーボエとファゴットには適しません。

 木管楽器は弦楽器と違って息継ぎの必要があるため、あまりにも長く続くパッセージを吹き続けることができません。所々に小休止をはさむように注意しましょう。

 さて、木管楽器の音色が心理的にどう聴こえるか説明するため、誤解を恐れずに一般論としての音色の特徴をまとめてしまいましょう。まず各楽器の中音域と高音域についてですが、これは次のようになります。

a) フルート:冷たい(cold)質感。長調では明るくて優美(light and graceful)なメロディに、短調では儚い悲しみのあるそっとしたタッチ(slight touches of transient sorrow)に特に適している。
b) オーボエ:長調では素朴で陽気(artless and gay)、短調では痛ましさや悲しみ(pathetic and sad)を感じさせる。
c) クラリネット:しなやかで表現力に富む(pliable and expressive)。長調では楽しげあるいは思案にふけるような(joyful or contemplative)キャラクターのメロディ、また歓喜が爆発するような(outbursts of mirth)メロディに適している。短調では悲しく黙想的な(sad and reflective)メロディや情熱的でドラマティックな(impassioned and dramatic)パッセージに適している。
d) ファゴット:長調ではボケたような滑稽な雰囲気(an atmosphere of senile mockery)、短調では悲しく悩んでいるような質感(a sad, ailing quality)。

 一方、低音域と超高音域では、私には次のように感じられます。

  低音 超高音
フルート Dull, cold Brilliant
鈍い、冷たい 輝かしい
オーボエ Wild Hard, dry
荒々しい  硬い、乾いた
クラリネット Ringing, threatening Piercing
響き渡る、脅迫的 鋭い
ファゴット Sinister Tense
不吉・邪悪 張り詰めたような

注:陽気/陰気、動的/静的、思慮深い/軽率、嘲笑/悲観といった感情というものは、ただ一つの音やその音色から想起されるものではないでしょう。むしろ全体の音楽の流れの中における、メロディライン、和声、リズム、音量表現といったものの方が感情に大きな影響を与えます。また楽器の選択というのは、オーケストラの7オクターブのもの音域の中でメロディや和声をどこに置くかということに依存するものです。例えば、明るいメロディであってもそれがテノールの音域ならフルートを使うことはできませんし、悲哀に満ちたフレーズだからといってハイソプラノ音域を演奏するのにファゴットを用いることもできません。しかしそれでも音色によって容易に感情表現ができるということは気に留めておくべきでしょう。例えば先の例において、テノール音域におけるメロディの陽気さは、ファゴットの持つ滑稽な感じの音が極めて自然かつ容易に演出してくれるはずです。また2つめの例では、フルートの持つ少し憂鬱な音色というのが、パッセージの持つ悲しみとか苦悩に寄り添ってくれるはずです。メロディがその雰囲気に合致した音色で大切に歌われている場合、得られる演奏効果が悪くなることはまずありません。ただし作曲家が自身の芸術感覚に従うことで、あえてメロディと矛盾する音色の楽器を選択することはあります(それによってエキセントリック、グロテスク、といったような効果を狙うもの)。

 次に、特殊楽器の特徴と音色、そして使用法についてまとめます。

 ピッコロと小クラリネットの使命は、基本的には普通のフルートとクラリネットの音域を高いほうに広げることです。ピッコロの最高音域における口笛にも似たつんざくような音色(whistling, piercing)は他の追随を許さないほどにパワフルですが、音量を変えるのは得意でなく、音を抑えた演奏はできません。最高音域の小クラリネットは普通のクラリネットよりもよく通る(more penetrating)音がします。ピッコロと小クラリネットの低音域から中音域は普通のフルートとクラリネットの同じ音域に対応しますが、音がかなり弱いために有用性はほとんどありません。コントラファゴットはファゴットの音域を低いほうに拡張します。ファゴットの低音域における特徴はコントラファゴットの低音域ではさらに強調されますが、コントラファゴットの中音域以上はほとんど役に立ちません。コントラファゴットの極めて低い音はとりわけ厚く高密度な(remarkably thick and dense)音であって、弱奏において非常に効果的です。

注:今日では、オーケストラの音域はかなり拡張されて(第7オクターブの高いドから、ヘ音記号による下第二線のドのさらに一オクターブ下まで)、ピッコロは木管楽器になくてはならない存在となりました。同様にコントラファゴットもその有用性が認められています。一方、小クラリネットが必要とされることは稀で、使うとしても音域を拡張するというよりはその音色を求めてのことになります。

 イングリッシュホルンやアルトオーボエ(F管オーボエ)の音色は普通のオーボエと似ていて、その物憂げで夢見るような(listless, dreamy)音質は極めて甘い(sweet in the extreme)響きを持っています。また低音域ではかなり通る(fairly penetrating)音がします。バスクラリネットは普通のクラリネットに相当似ていますが、低音域ではより暗い(darker)音がし、高音でも普通のクラリネットのように澄んだ音はしません(lacks the silvery quality)。ですので、バスクラリネットは楽しげな表現には向いていません。アルトフルートは今日ではめったに使われません。ちなみに音色の特徴は普通のフルートと似ていますが、より冷たい(colder)質感で、中高音域ではクリスタルのように透き通った(crystalline)音になります。これら3種の特殊楽器は、それぞれの楽器の音域を低音域側に広げるというだけでなく、それぞれ独特の音色を持っています。そのため、これらはよくオーケストラ中でソロ楽器として用いられ、その場合しっかり浮き出て聞こえます。

注:以上6種の特殊楽器の中で、ピッコロとコントラファゴットは歴史的に一番早くオーケストラに採用されました。ただしコントラファゴットはベートーヴェンの死後忘れ去られ、19世紀終わりごろまで再登場することはありませんでした。イングリッシュホルンとバスクラリネットはまず19世紀の前半にベルリオーズやMeyerbeerらによって使用され、しばらくの間は追加楽器として扱われてきました。その後で、まず劇場、そしてコンサートルームという順にオーケストラでの常駐楽器となっていきます。小クラリネットをオーケストラに採用する試み(やっているのはベルリオーズなど)はほとんどありません。小クラリネットとアルトフルートは私のオペラ-バレエ「Mlada」(1892)やもう少し後の「Christmas Eve」や「Sadko」で使っています。アルトフルートだけであれば、「The legend of the Invisible City of Kitesh」や改訂後の「Ivan the Terrible」で使用しています。

 近年では、木管楽器にミュートを付けるのが流行してきています。木管楽器の場合、ミュートはベル(朝顔)のところに丸めた布などの柔らかい詰め物をすることでなされます。ミュートを使うことで、オーボエ、イングリッシュホルン、ファゴットはピアニッシモのまさしく限界まで音量を落とすことができるようになります。クラリネットはもともとそのような手段に頼らずとも極めてソフトな演奏が可能なので、ミュートの必要はありません。フルートをミュートする手段は今のところ考え出されていません。もしそれが可能になれば、ピッコロの可能性がさらに広がると思います。木管楽器にミュートをつけた場合、最低音、つまりファゴットで

オーボエとイングリッシュホルンで

を出すことはできなくなります。また各楽器の最高音域ではミュートはなんの効果もありません。

COMMENT: 木管についての補足: 木管についてここで示されている特徴は、木管について理解する第一歩として非常によくまとまっています。基本的に、木管はメロディにも和声にも使うことができます。メロディに使う場合にはほぼ必ずソロで使うことになります(同じ楽器を2台重ねてユニゾンにしてもほんの少ししか音量が上がらないうえ、たいていの場合はわずかに調律が狂ったように聴こえてしまいます)。木管の使い方を習得する最初の段階では、一つの楽器をあたかも音域の異なる3台の楽器(低音、中音、高音)であるかのように考えるのが役に立つでしょう。もちろんこの音域ごとの音色の移り変わりはそこまで極端なものではありませんが、ある音域から別の音域に移った場合にははっきりと音色の変化を感じ取れます。従って、単に「フルートとファゴットの組み合わせ」と考えるよりも、「『高音域のフルート』と『低音域のファゴット』」という風に考える方が良いと思います。また、各木管楽器同士(あるいは他のセクションの楽器と)のバランスというものも音域ごとに全く変わってしまうわけですから、このような考え方の重要性がわかるのではないでしょうか。木管を和声に使う場合の使い方は本書でも後で出てきます。あえてここで付け足すなら、和音のバランスや溶け合いを計算する上でもやはり一台の楽器に3つの楽器が宿っているとみなすのが良いということでしょう。

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