tuttiは、本当に全楽器を鳴らすという意味?
tutti(トゥッティ)を「全員で演奏する」と覚えると、編成表に載っている楽器をすべて鳴らさなければならないように感じるかもしれません。しかし、管弦楽の響きを考えるうえでの「全体」は、必ずしも文字通りの全員参加を意味しません。
大切なのは、何人が休まず演奏しているかより、どの楽器群が一体となって響きを作っているかです。 音域や表情に不要な楽器を休ませても、合奏としての充実は保てます。
「フル」と「部分」を分けて考える
リムスキーコルサコフ著『管弦楽法の基本』では、弦・木管・金管の全てのメロディ楽器を組み合わせるフルtuttiと、金管の一部だけを参加させる部分tuttiを分けて考えています。
部分tuttiの金管には、ホルンだけを加える場合、ホルンとトランペットを加える場合、ホルンとトロンボーンを加える場合などがあります。金管群の全員が出ていなくても、ほかの群と一体になった合奏を作れます。
この区別は、参加人数を数えるためというより、合奏の大きさと色を段階的に選ぶために役立ちます。フルか無音かという二択ではなく、その間にいくつもの組み合わせがあると考えてください。
ただし、用語の境界を硬く決めすぎる必要はありません。解説では、二つの楽器群がひとかたまりになって使われることを、部分tuttiのわかりやすい捉え方として示しています。
ソロに伴奏が付けば、部分tuttiになるわけではない
たとえば、オーボエのソロが弦の伴奏とともに動いているだけなら、二種類の楽器群が鳴っていても、それを部分tuttiとは呼びません。ソロと背景という役割の違いがあるためです。
一方、弦楽器群による和声に木管群の和声が加わり、まとまった一つの合奏を作っているなら、部分tuttiとして考えられます。単に楽器の種類が二つあるかどうかではなく、両者がどのように働いているかが違います。
この区別をすると、譜面上の人数と、聴こえる音楽の構造を混同せずに済みます。多人数の伴奏の上に一本のソロがある場面は、人数が多いから合奏の一塊になるわけではありません。
自分の譜面でも、「主役を支える組み合わせなのか」「複数の群が一体になった響きなのか」を確かめてみましょう。名称より、この役割の違いを理解する方が配分の判断に役立ちます。
木管を全部使わなくてもよい
フルtuttiでも部分tuttiでも、木管の全員を使うかどうかは、そのパッセージの音域と雰囲気によって変わります。低い音域が中心なら、フルートが参加しないことも自然です。
反対に、非常に高い音域を含む響きでは、ピッコロを加える必要が生じます。担当する音があるから参加するのであって、tuttiという言葉の帳尻を合わせるために音符を与えるのではありません。
たとえば、低い和音を厚く作りたいのに、全員参加にするためだけにフルートを不向きな高さへ押し込むと、その楽器を使う理由が薄くなります。休符は編成上の欠陥ではなく、音域に応じた選択です。
「使える楽器」と「今の響きに必要な楽器」を分けて考えます。 その区別ができれば、使わない楽器があることを不安に思わず、必要な音域を適切な組み合わせで満たせます。
打楽器やハープの参加も、目的から決める
tuttiにティンパニやハープなどが加わることもあります。これらの参加は、合奏の輪郭や性格を変える選択であり、すべてのtuttiに同じように必要なものではありません。
木管の持続音にチェロやコントラバスのピッツィカートを加えると、その音をよりはっきりさせる働きがあります。ほかの弦やハープで支える場合も含め、長く伸びる音と短い音を組み合わせる見方ができます。
ここでは、持続音をもう一本増やすのとは異なる支え方をしている点に注目します。同じ構成音でも、短い発音が加わることで、音の始まりの性格に違いを作れます。
参加する楽器の数だけを見ていると、こうした役割の違いを見落とします。何の音を、どの長さで、何のために加えるのかまで確認すると、合奏の配分が具体的になります。
管楽器だけでも、まとまったtuttiを作れる
管楽器によるtuttiには、木管を中心にしたもの、木管にホルンを加えたもの、金管だけのもの、木管と金管の多くが参加するものなどがあります。弦がいつも一緒に鳴る必要はありません。
同じフォルテでも、木管とホルンによる響きと、金管による響きでは力が違います。どちらにも強い記号を書いたから同じ音量になる、と考えないようにします。
また、ある群が中心となるtuttiに、別の群の持続音などが添えられていても、それだけで中心的な性格が変わるわけではありません。主な合奏を作る部分と、補助的に支える部分を分けて見ます。
このような種類を使い分けると、曲全体の響きを切り替えられます。いつも弦・木管・金管をそろえておくより、ある場面では管楽器を中心にすることで、前後との違いを作る余地が生まれます。
ピッツィカートの合奏も、一つの色になる
弦全体のピッツィカートが、ある種のtuttiを作ることもあります。木管で支えれば力強い響きになり、木管なしでも華やかな性格を持たせられます。
ここで注目したいのは、長く伸びる大合奏とは異なる、打楽器的な性格です。tuttiを「全員が長い和音を大きく鳴らすもの」とだけ捉えると、このような響きが視野から抜けてしまいます。
持続するフレーズの中へ短い発音の合奏を置けば、音色だけでなく、音の長さの面でも対比を作れます。ハープやピアノで補強される場合もありますが、まずはピッツィカート自体の役割を確かめます。
同じ人数が参加していても、弓で伸ばす場合とピッツィカートでは、響きの働きが違います。全員参加という外見より、どのような発音がひとかたまりになっているかを聴くことが大切です。
人数が多くても、声部は一つという場合がある
オーケストラのおおよそ全体が、ユニゾンやオクターブで一つの旋律を演奏することもあります。多数の楽器が鳴っていても、独立した声部が多数あるわけではありません。
一声、二声、三声のtuttiでは、声部を重複して力や色を作ります。したがって、tuttiを作るために複雑な和音へ変更したり、空いている楽器のために別の線を増やしたりする必要はありません。
ただし、このような飾りの少ない配分を長く続けるより、必要な場所に限って使うことが勧められます。簡潔な大合奏の効果を、ほかの配置との違いの中で生かす考え方です。
人数と声部数の違いは、パートが八本あれば八声の和声なのかで詳しく扱っています。ここでも、演奏者の数と、音楽として動いている線の数を別々に数えてみましょう。
大人数になるほど、自由になるとは限らない
参加する楽器が増えると、色の組み合わせは豊かになります。しかし、すべてを実際に聴かせようとすると、最も強い金管や一部の打楽器に対して、ほかの群をどう配置するかという制約も増えます。
たとえば、木管の上声部を金管とともに明瞭に響かせたい場合、金管より高い側へ配置する必要が生じます。人数が増えたから、どの音をどこに置いてもよくなるわけではありません。
この意味で、全員を参加させることは、書きやすくする近道ではありません。必要な声部が強い楽器の中で失われないかを確かめる作業が増えます。
大合奏にした途端に内声が聴こえなくなったなら、まず重複を足すのではなく、どの群がどの音域を占めているかを見ます。響きの大きさと、声部の明瞭さは別の確認事項です。
たとえば、同じ主題を二度提示するなら、最初は弦と木管をまとまりとして使い、次に金管を加えるという段階を考えられます。このとき後半の充実は、前半に休んでいた群があるからこそ違いとして現れます。
ただし、毎回この順序で増やすべきだという規則ではありません。前半を金管中心、後半を別の色にすることも含め、その主題の役割に合わせて選びます。重要なのは、参加していない楽器を欠落と見なさず、次の響きのための選択肢として扱うことです。
こうした曲全体での配分については、最初から全楽器を鳴らすべきかも参照してください。tuttiの種類を知ることは、単に大きな音を作る方法を増やすだけでなく、合奏どうしの違いを設計する助けになります。
弱いtuttiは、通常とは違う表情のために考える
tuttiは一般にフォルテやフォルテッシモの場面で使われますが、弱いtuttiが存在しないわけではありません。大きな編成で柔らかい音を出すことによって、独特で不穏な表情を作る使い方もあります。
ただし、大合奏にピアノと書くだけで、小編成の柔らかさと同じになるとは考えないでください。多くの楽器が同時に鳴る音色そのものを使う、特別な選択です。
強いtutti、部分tutti、弱いtuttiは、それぞれ違う役割を持ちます。曲の山場をどこに置き、何を前後の対比に使うのかを考えて選びます。
tuttiは、全員に音符を配るための合図ではなく、合奏のまとまりと色を選ぶ考え方です。 必要な楽器を選び、休む楽器を残すことで、次の場面にも使える表情が生まれます。
tuttiの組み方と響きの違いは、『管弦楽法の基本』の書籍版・PDF版で学べます。
この記事は『管弦楽法の基本』の記述・補足に基づく解説です。参照:Tutti、弦楽器のSoli。Amazonへのリンクにはアソシエイトリンクを使用しています。

