弦のハーモニクスが埋もれるのはなぜ?
弦のハーモニクスで透明な色を加えたはずなのに、合奏になると、その場所だけ何をしているのか分からない。そんなとき、奏法の指定が間違っているとは限りません。
ハーモニクスには独特の色がある一方、響きそのものが弱いという条件があります。色を選ぶことと、その色が届くように周囲を整えることは、両方必要です。
ハーモニクスを生かすには、音色、役割、周囲との釣り合いを一緒に決めましょう。冷たく透明な色を長く響かせたいのか、短い装飾として現したいのかによって、伴奏に求める条件も変わります。
普通の弦の音を、ただ弱くしたものではない
通常の弦楽器は、暖かい音色と連続的な強弱の変化を使って、旋律を豊かに歌えます。長い音をつないで歌わせることも、さまざまなボウイングで性格を変えることもできる。
こうした説明だけを頭に置いていると、ハーモニクスにも普通の弦と同じ表情の付け方を期待してしまいます。
ハーモニクスでは、そこから音色が大きく変わり、音量表現の幅も限られます。柔らかなパッセージでは冷たく透明に、強く奏した場合には冷たく華麗に響く。ここでの魅力は、普通の弦の歌い方をそのまま小さく再現することではなく、通常の弦から離れた色彩を得ることにあります。
したがって、まず確かめたいのは、そこで欲しいものが旋律の暖かな表情なのか、冷たく澄んだ色なのかです。同じ長い音でも、音の中に豊かな感情の動きを求める場合と、響きの色そのものを置きたい場合では、期待する働きが違います。
ハーモニクスを選んだ後で、通常の弦に期待するすべてを取り戻そうとすると、奏法の長所が見えにくくなります。
これはハーモニクスを無表情な音として片付ける話ではありません。表情を付けられる幅と、音色そのものが与える印象を区別する話です。冷たい透明感を必要とする場所なら、通常の奏法とは違うという性質こそが選択の理由になります。
曲の中で何を受け持たせるかを先に定めれば、弱い響きも含めて扱いやすくなります。
「高くて明るい」ことと「強く聞こえる」ことを分ける
音色についての「華麗」「透明」といった言葉は、音量の大きさを保証するものではありません。ハーモニクスは強く奏すると華麗になりますが、響き自体の弱さは考慮しなければなりません。
強い奏法の指定があれば、どのような合奏の中でも前へ出てくる、とは読めないのです。
たとえば、通常の弦で聴こえていた音をハーモニクスに替え、ほかのパートをそのままにした場合を考えます。音高とリズムが変わらなくても、音色と響きの性質は変わっています。
伴奏との関係も、変更前と同じだとは限りません。譜面上では小さな奏法指定の追加でも、オーケストレーションとしては見直しが必要な変更です。
ここで単純に強弱記号だけを上げると、問題の所在を取り違えることがあります。まず周囲に何が鳴り、何がこの弱い響きと競っているかを見てみましょう。ハーモニクスの色を求めているのに、その色が分からないほどほかの響きを重ねていないかという確認です。
また、音量の釣り合いは奏者の人数だけでも決まりません。同じ人数でも、音域や動き、奏法によって聴こえ方が変わります。この全体的な考え方は「オーケストラの音量は、人数だけで計算できる?」で扱っています。
ハーモニクスの場面では、弦の人数を数える前に、通常の弦とは異なる奏法を選んでいることを判断に含める必要があります。
持続音、トレモロ、装飾で働き方が変わる
使いどころの中心になるのは、伸ばした音、トレモロ、ところどころの華麗な装飾です。持続音なら色を保ち、トレモロならその色に動きを与え、装飾なら一時的に華やかさを添える、という役割の違いがあります。
どの用途でも同じ伴奏の組み方でよい、という意味ではありません。
伸ばした音として置くなら、聴き手がその色を受け取れるだけの場があるかが焦点になります。その音が鳴り始める瞬間だけでなく、続いている間のほかの声部も見ます。
途中で強いパートが加わる場合には、冒頭では分かった色が後半では隠れてしまうかもしれません。鳴り始めだけでなく、音が続いている間も色が届くかを確認しましょう。
トレモロとして用いる場合も、通常の弦のトレモロと同じ重さを当然視しないことが大切です。トレモロという動きの種類だけでなく、ハーモニクスという音色の条件も重なっています。
欲しいのがその特別な色を持つ揺れなのか、それとも強い合奏の土台なのかを整理すれば、指定した奏法と求める役割が合っているかを確かめられます。
ところどころの装飾に使うなら、連続して歌う旋律とは別の考え方になります。短い場面で現れる色の違いを生かすので、前後との差が重要です。いつでも同じ奏法で埋めるより、どこでその色が必要になるのかを選ぶ理由があります。
特殊な音色を置く場所を絞ると、弱い響きを守りやすくなり、前後の色の違いも生かせます。
簡単な旋律ほど、ハーモニクス向きとは限らない
音符が少なく、動きも簡単な旋律なら、特殊な奏法を使いやすそうに見えます。ところが、極端に単純なメロディは、ハーモニクスの代表的な使いどころではありません。
演奏する音の数が少ないことと、その旋律の表現を音色が支えられることは、別の問題だからです。
旋律が単純な場合、音のつながりや一音の表情が大きな意味を持つことがあります。そこへ、通常の弦とは表現の条件が異なるハーモニクスを置くなら、旋律の形が易しいという理由だけでは足りません。
冷たさや透明感を求めているのか、それとも普通の弦の歌い方を求めているのかを確かめる必要があります。
逆に、単純な形だから絶対に使用してはいけない、と範囲を広げて断定する必要もありません。旋律が単純でも、冷たく透明な色そのものに表現上の意味があるかを考えます。
ここで役立つのは、「音符が簡単なので向いている」という判断を一度止め、音色と表現の性質まで検討することです。演奏の難易度だけで楽器や奏法を選ばないという点は、ほかの場面にも通じます。
通常の奏法でも、高すぎる領域では弦の暖かさや表現の豊かさが失われていきます。弦だからどこでも同じ表情を持つわけではなく、音域と奏法の両方に条件があるのです。
ハーモニクスを使うときにも、弦楽器という名前だけで全般的な旋律能力を当てはめないことが、音色の選択を具体的にします。
フルートになじむことを、どう生かすか
ハーモニクスはフルートと音色がよくなじみます。そのため、弦と木管を一つの色として結び付けたいときにも使えます。普通の弦の暖かさから離れた音色が、別の楽器群との結び付きでは長所になる点が興味深いところです。
ただし、よくなじむことと、必ず目立つことは同じではありません。二つの音色が一つの響きとして結び付きやすいなら、その効果を狙うことができます。一方、ハーモニクスだけを独立して聴かせたい場合には、「フルートに重ねたから存在がはっきりする」と決めてかかることはできません。
混ざり方のよさと、個々の声部の識別しやすさを分けて考えます。
ここで、何を聴き取ってほしいかを言葉にすると選択が明確になります。弦と木管の境目をやわらげた混合の色が欲しいのか、弦の特殊な色が単独で現れることを聴かせたいのか。
同じ組み合わせでも目的が違えば、ほかのパートとの関係を見る角度も変わります。単に相性のよい楽器名を覚えるだけでは、この違いは分かりません。
楽器を重ねた際に個性が薄くなるという問題全般は、「楽器を足したのに、旋律の個性が薄くなるのはなぜ?」で説明しています。ハーモニクスでは、とくに弱い響きと混合による色の変化を同時に考える必要があります。
重ねることが目的にならないよう、その組み合わせで得たい色を先に決めておきましょう。
弱音器や別の弓の位置と、ひとまとめにしない
弦の色を変える方法には、ほかに弱音器や、弓を当てる位置の変更があります。いずれも音色を変えますが、結果が同じではありません。弱音器では音量と色が変わります。
駒の近くで弾けば金属的に、指板の近くならヴェールがかかったような響きになります。
そのため「薄くしたい」「普通の弦と違う音にしたい」という大まかな希望だけで、これらを交換可能な指定として扱わない方がよいでしょう。ハーモニクスを選ぶなら、その冷たさや透明感に理由があるかを確かめます。
ほかの奏法の特徴を全部紹介することが目的ではなく、欲しい色に対して適切な指定を選ぶための比較です。
埋もれたときに、譜面のどこから見直すか
最初に、そのハーモニクスが持続する色なのか、トレモロなのか、一時的な装飾なのかを確認します。次に、その役割が現れる時間帯で、ほかの楽器がどのくらい厚く鳴っているかを見ます。
さらにフルートなどと重ねているなら、狙いが一つに混ざる色なのか、独立して聞こえる声部なのかを整理します。
この順番で見直せば、ハーモニクスだけを強くしようとする前に、求める効果と周囲の書き方の関係を考えられます。独特の音色は、指定を置いただけでは聴き手へ届きません。
響きの弱さを織り込んで使う場所と役割を選ぶことが、透明な色を譜面上の説明で終わらせず、実際の音楽の一部として生かす出発点になります。
ハーモニクス以外の方法で弦の色を変えたいときは、弱音器や弓を当てる位置も選択肢になります。詳しくは、弦の音色を変えるには、弱音器と弓の位置をどう選ぶ?をご覧ください。
弦の奏法と他の楽器との組み合わせを体系的に読むなら、リムスキーコルサコフ著『管弦楽法の基本』の書籍版・PDF版をご覧ください。
この記事は『管弦楽法の基本』の記述・補足に基づく解説です。参照:管弦楽法の基本 第一章 「オーケストラにおける楽器群について」 弦楽器。Amazonへのリンクにはアソシエイトリンクを使用しています。

