柔軟性

 通常音域であれば、声というものは非常に柔軟です。女声の方が男声より柔軟で、また男声であれ女性であれ、声域が高いパートの方がより機敏に動くことができます。つまり、女声ではソプラノ、男声ではテノールが機敏であるということになります。歌は派手で混み入ったフレーズを歌うことができ、様々なフレーズに対応でき、そしてスタッカートからレガートへ急速に変化させることができます。しかしそれでも、楽器と比較するとはるかに柔軟性が劣ります。急速なパッセージでは、全音階的なスケールや3度のアルペジオの動きが最も歌いやすくなります。一方、五度以上の跳躍の連続や半音階的な動きは、素早いパッセージでは極めて困難です。また、短い音から一オクターブ以上離れた音に飛ぶのも避けなければなりません。超高音の前にはだんだん音が上がっていく等の準備が置かれていることが望ましいです。4度、5度、あるいはオクターブといったわかりやすい跳躍も超高音の前の準備とできます。ただし、こうした準備なしに超高音を出すというのも珍しいものではありません。

声色と声質

 声色、つまり輝くような声か鈍い声か、あるいは明るい声か暗い声か、というのは歌手それぞれに異なっているため、我々作曲家が気にする必要はありません。大事なのは解釈の方であって、それは歌い手の側で考えてくれることでしょう。柔軟性と表現力という観点から考えると、声というのは「ドラマティック」と「リリック」に大別することができます。ドラマティックの方はより力強く、また音域も広いです。一方リリックの方はより柔軟で融通が利き、音量変化が容易に行えます。歌手がこの二つの性質を併せ持っているというのが作曲家の理想ではありますが、普通は求める歌手像がどちらかといえばどちらに寄っているのか気にする程度で満足しなければならないでしょう。複雑で長大な作品では、必要になる声の特徴を色々と頭に置きながら作曲しなければなりません。さらにいえば、もし同じ声域の歌手が二人必要な場合、つまりソプラノが二人とかテノールが二人とかいうような場合、これら二人の音域に差をつける必要があります。つまり、片方をもう一方よりわずかに高音にしておくべきです。また、ドラマティックとリリックの間の声質(mezzo-carattere)、つまり両方の特徴をある程度ずつ持ち合わせた声が現れることも珍しくありません。メッツォ・カラッテレに対してはドラマティックとリリックのどちらに近い役も割り当てることができ、特に準主役を任せることが多くなるでしょう。今日では、ドラマティックやリリックに適した役の他に、何か特別な資質を必要とする声を目立たせるのが慣習となっています。これは例えば通常より柔らかい声や力強い声であるとか、音域が特殊であるとか、あるいは極めて高い柔軟性を持っているというような歌手を指しますが、どのような特性が欲しいかというのはその時々に応じて芸術的な観点に基づいて決定するものです。準主役やその他の脇役に対しては、音域も普通で技術的にもそれほどは高度でない歌手を想定するのが良いでしょう。

注:Meyerbeerが重いメゾソプラノやバリトンといった特殊なタイプの歌手を使って以降、ワーグナーは広い音域を備えた力強いドラマティックソプラノというタイプを作り出しました。これはソプラノとメゾソプラノの両方の声質と音域を兼ね備えたものです。同様に、テノールとバリトンの声質と音域を持つテノールというものもあります。このようなタイプというのは高音でも低音でも同じようによく響く明るい声が出せなくてはならず、歌手は極めて力強い呼吸機能と、類まれな持久力に恵まれていなければなりません(例:ジークフリート、パルジファル、トリスタン、ブルンヒルド、クンドリー、イゾルデ)。これはほとんど奇跡に近い才能です。もちろん、このような才能を持った歌手が存在しないとまでは言いません。しかし、驚異的とまでいかなくとも素晴らしいパワーを持った歌手が、このようなワーグナー派の無茶な要求に応えようと無理をしている場合があることを忘れてはいけません。彼らはワーグナー派が次々と求めてくる技術難題に応えるために普通以上の音域と音量を身に着ける努力を続け、そして結局はそのために正しいイントネーションや音色の美しさを犠牲にし、そして微妙なニュアンス表現の全てを捨てることになるのです。無茶な要求をせず、何を求めているのかを明確にし、高音や低音は十分な思慮のもとで巧みに用いる、そしてcantabileなメロディはどう書くべきか、またオーケストラがそれを圧倒しないためにはどうするべきか熟知する  こうして作曲するほうが、ワーグナーのような苦心に満ちた方法よりも芸術的に優れたものを生み出せるのではないでしょうか。私はそう信じています。

第六章のまとめ

1: 前提として、各パートをdivisiすれば、当然音量は弱くなります。また、これまでみてきた通り、良いオーケストレーションというものは、和音のバランスが取れているものです。ところが、コーラスの場合はこの問題はいくらか異なったものになることを覚えておきましょう。オーケストラというのは、たとえ何度もリハーサルを繰り返したとしても、楽譜を見ながら演奏するものです。つまり、オーケストラ奏者は音楽全体や細かいところまでは記憶していないのです。これに対し、合唱というのはオペラを勉強する際には譜面を覚えるもので、本番でもほとんどの場合は暗譜で演じきります。さらに、合唱にはそれを率いるコーラスマスターがいることも忘れてはいけません。コンサートマスターはdivisiの指示をうまく解釈して各パートの人数を調整できますし、さらにコーラスマスターが各パートに適切な音量を指示することで、divisiされたパートとそうでないパートが混在していても和音のバランスを保つことができます。また、オーケストラのための作曲では音量や音色の異なる様々な楽器を操らなければなりませんが、コーラスにはよく似た4種類しかありません。しかもコーラスはステージ上を移動しますので、それによって得られる表情の変化は一か所に座ったままであるオーケストラのそれよりも大きなものになります。以上をまとめると、オーケストラのdivisiでは音量変化などに細心の注意を払わなければならないのに対し、コーラスに対してはかなり大胆にdivisiすることが許されるということになります。

2: 男声合唱や女声合唱でバランスのとれた三声を鳴らしたい場合、私は148ページに記した、真ん中の声部を重複した組み合わせを使うことが多いです。ただし、コーラスマスターの方でも自由にコーラスの人数を調整してバランスをとろうとします。気付いたのですが、divisiによって3声部に分けた場合、コーラスマスターは一番上の声部をソプラノ I (男声ならテノール I)に割り当て、下の二声部をソプラノ II (男性ならテノール II)のdivisiに任せようとするようです。このわけ方ではバランスが崩れてしまうため、よく響くとは思えません。ですので、コーラスマスターには中声部を強くすることの重要性を認識してもらわなければならないでしょう。上声部を強くしても、メロディは目立つようになりますが、和声はほったらかしになってしまいます。

3: 合唱パートをうまく取り扱うには熟練が必要です。うまく書けていないと暗譜にも苦労しますし、声部が正しく進行していない場合にはよく訓練された合唱団でさえ良い響きで歌うことができません。一方、各声部が正しく進行しており、不協和音が出てくる場合でもそれが適切に準備されているのであれば、かなり難しい突然の遠隔転調でさえ比較的容易に歌え、またある程度自信を持って歌われることになるでしょう。このような声部の取り扱いの重要性が作曲家に意識されることはあまりありませんが、歌手の方はこれをよくわかっています。非常に難しい転調が出てくる例として、No. 169 (Sadko, 302) を挙げておきましょう。このような難しい転調で、もし合唱がこう書かれていなかったとしたら、歌えるかどうか非常に疑わしいです。このように、作曲家の方で十分に注意して書いてあれば、歌い手に無駄な努力を強いずに済むわけです。

第六章の内容を目次から紹介

第六章 補足:歌の扱い方
 用語
 ソロ
  声域
  歌唱のためのメロディ
  母音
  柔軟性
  声色と声質
 重唱
  二重唱
  三重唱、四重唱など
 コーラス
  声域
  メロディ
  混声合唱  
  男声合唱と女声合唱

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